認知症が進んでも実の子に「ひと目会いたい」と言う母
「母は、今年の2月からホームに入りました。89歳で認知症も進み、いまはイエス・ノーを自分で明確にできる状況ではありません。でも、ずっと実の子に『ひと目会いたい』と言っています」
新たな提訴のために今年8月に母親がその思いを表した陳述書にはこうある。
「私が生んだ子どもがどうなっているか、見届けたいし、会いたいです。次男に似ているところもあるでしょうし。でも見るだけで、声は掛けられないと思います。見た瞬間、驚くだけですぐには声がかけられないです。向こうの気持ちもあるでしょうから。会えるものなら、遠くからでも見てみたいです。その気持ちには変わりありません」
実の我が子への切実な願いは、17年間遂げられていない。
「いままで63年間、他人の戸籍を使って生きている」
「これは当たり前のことだと思うのですが、とにかく真実の親に会いたい。自分の血筋を知る権利というものが誰しもあると思います。年齢を考えると残された時間は長くはありませんし、もう亡くなっている可能性も大いにあると思います。そのときには、そのお子さんに、実の親がどういう方だったのか尋ねてみたい。
僕は、自分のほんとうの家系図を作りたいんです。いままで63年間、他人の戸籍を使って生きてきているわけですから」
行政に求め続けてきた自身の誕生日前後の「戸籍受付帳」の情報開示。だが、出てくるのは黒塗りの資料でしかない。「個人情報保護」が主たる理由だが、江蔵さんは「僕からしたら、僕自身の本来の個人情報を求めているだけだ」と話す。
これまでの長い闘いのなかで、行政に不信感を覚えるような「不思議な出来事」がいくつもあったという。そのひとつは、江蔵さんが生まれた都立墨田産院(墨田区八広・1988年に閉院)の「記念誌 東京都立墨田産院36年の歴史」なる資料のなかにある。