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 正義や常識なんてものはその人それぞれでいかようにも色を変える――というのは、いまを生きる我々にとって非常に納得できるものではないだろうか。

Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中。(c)KIRSTY GRIFFIN/NETFLIX

 そして――個人的に『タコピーの原罪』と共通点を多く見出したのが、本年度の第94回米国アカデミー賞において、最多ノミネートを獲得しているNetflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』だ。

 この作品は、端的に言えば「未亡人とその息子が、再婚相手の兄にいびられる」話なのだが、登場人物の見え方が変わっていく過程が、そのままドラマ曲線ともリンクしている。上に述べた関係性だと、未亡人とその息子=被害者、再婚相手の兄=加害者に見えることだろう。しかしその関係性は、物語の中でゆっくりと変容していく。

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 未亡人は兄から弟を奪った形になり、安定した立場になると飲んだくれて貞淑な妻ではなくなっていく。再婚相手の兄は、心の内に渦巻く憎悪を自制し、態度を軟化させていく。彼の歩み寄りを受け入れた未亡人の連れ子は、誰にも気づかれないように秘かに牙を研ぐ。

『パワー・オブ・ザ・ドッグ』では人物それぞれのパワーバランスがどんどん変化していき、決まった枠に収まることがない。そして、物語は観る者が期待する幻想を蹴り倒すような、衝撃的な結末を迎える。

Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中。©KIRSTY GRIFFIN/NETFLIX
Netflix映画『パワー・オブ・ザ・ドッグ』独占配信中。©KIRSTY GRIFFIN/NETFLIX

 最終的には、被害者と加害者という考え方そのものが、観客のエゴなのではないか? 各々が自らのために生きている“だけ”なのではないか? と呆然とさせられてしまうことだろう。

 しかもこれを「西部劇」というフォーマットを借りて描いている点が秀逸で、いわば旧体制を現代的感覚で打ち崩しているのだ。こういった諸々のアプローチは、『タコピーの原罪』と重なる。どちらの作品にも、「決めつけることの危うさ」が色濃く反映されているのだ。

 世界最高峰の映画賞において最多ノミネートを獲得したということは、映画史的に大きな意味を持つエポックメイキングな作品であることの証明であり、いまの時代を少なからず反映したものであるともいえる。そういった意味でも、『タコピーの原罪』がいま多くの支持を得ている状況には、大いに頷ける。

『タコピーの原罪』の下巻の発売は2022年4月4日予定とのことで、原稿執筆段階(3月3日)ではこの作品がどんな着地点を想定しているかは定かではないが、必ずやまだまだ読者を突き落とす仕掛けを用意しているはず。固唾をのんで、フィナーレまで見届けたいものだ。

SYO

映画ライター・編集者。映画、ドラマ、アニメからライフスタイルまで幅広く執筆。これまでインタビューした人物は300人以上。CINEMORE、装苑、映画.com、Real Sound、BRUTUSなどに寄稿。Twitter:@syocinema