熱心な相撲マニアじゃないんだけど、場所が始まると、時間に余裕があれば、夕方からは相撲観戦だ。

 相撲の魅力は何か。改めて考えると、やはり力士たちの異形性かな。レスラーの筋肉も凄味はあるが、スーツを着れば、真っ当なスポーツマンで通用する。

 相撲取りの肉体は圧倒的である。横綱、照ノ富士の体重は一八四キロだ。おまけに普段着や場所帰りは浴衣ですよ。冬はさらに褞袍(どてら)を着てもいいんだけど。

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 立ち合いの激しさもドキッとする。額がぶつかるゴツンという音の迫力。北勝富士という前頭中位の力士がいる。思いっきり頭を当てるから、額は後退して傷が目立つ。その北勝富士が大関の御嶽海にあっさり勝って「きょうは息子の一歳の誕生日で」。目を細めると、私まで嬉しくなる。

 場所前になると、我が家にも番付表が勝ノ浦親方から届く。起利錦利郎が現役時の四股名だ。江戸時代の力士絵にも似た体躯と力強い攻めで人気があった。

 愛称キリちゃんの結婚式にも呼ばれた。ロック雑誌「BURRN!」で二人ともコラムを連載していた。キリちゃんのタイトルは凄いよ。『ギターを抱いた相撲取り』。そう、起利錦はハードロック好きだ。

 大相撲のロンドン公演がロイヤル・アルバート・ホールで開かれた。コラムで起利錦は書く。「ああ、いま自分は、ディープ・パープルのリッチー・ブラックモアが演奏した、あの場所に立っている」。リッチー様がプレイしたステージで相撲を取る感動が伝わる名エッセイだった。

 私と坪内祐三さんが相撲談議をしたきっかけは、色川武大さんの名篇「サバ折り文ちゃん」だ。出羽ヶ嶽文治郎、得意技はサバ折りのみで、その名が付いた。

 身長二メートル余。「顔と胴体が異常に大きく、脚が細い」。「全体の感じが陰気で(中略)妖怪味が一層つのった」。大正から昭和にかけ、文ちゃんは日本中の負の人気者だった。

 私と坪ちゃん、二人とも固有名詞に淫する性質(タチ)だから、横綱、大関ではなく、前頭と十両を行ったり来たりする地味な力士の話で盛り上がったりした。

 名力士も凄いですよ。八日目の解説は元白鵬の間垣親方だった。静かで紳士的な口調に驚いた人もいるだろう。しかし北勝富士が翔猿に勝った後の解説で――

白鵬(2018年神宮奉納大相撲) ©文藝春秋

「型のある力士が、一番強い(中略)自分の型をとるまで、命かけなきゃいけない」。「そして生きて土俵から降りてくる。上手をとるために、僕は命がけでやってきた」。凄味がある。

 誰もが批判した、あの張りと、かち上げは、上手をとるための命がけの型だったとは。今場所で引退する尾車親方のような温厚な人もいれば、勝つためには何でもやる白鵬もいる。これが相撲の魅力でしょうか。

INFORMATION

『大相撲 2022年春場所』
NHK総合 放送終了
https://www3.nhk.or.jp/sports/sumo/