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「女が見るような…」かつて朝ドラは一段低く見られていた

 優れた批評がクリエイティブな側面を持つように、優れた創作物もまた批評的な側面を持つ。『カムカムエヴリバディ』は表向きは毎日15分のラジオ英会話をメインテーマに据えながら、同時に「日本の女性にとって連続テレビ小説とはどのような存在であり続けたのか」という朝ドラ論を物語の裏面で描いている。本当はそれは順序が逆で、ラジオ英会話というテーマが朝ドラの隠喩として選ばれたのではないかと思うほどだ。

兄は俳優の岡田隆之介。バラエティで共演経験がある ©時事通信社

『カムカムエヴリバディ』に登場する人々は、決して先進的な、世に名を残す人々ではない。それはラジオ英会話や朝の連続テレビ小説が、そういう人々のためのメディアだからだ。

 今でこそ渡辺あやの『カーネーション』や宮藤官九郎の『あまちゃん』そして藤本有紀の『ちりとてちん』といった名作の完成度によって社会的評価が高まった朝ドラだが、映画や社会派ドラマに比べて「女が見るようなドラマ」として一段低く見られた時期はあった。

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 だが『カムカムエヴリバディ』は、まさにその「女が見るドラマ」から日本の女性が何を学び、彼女たちをどう変えていったかを、15分のラジオ英会話が毎日少しずつヒロインたちの人生を変えていく姿と重ねるように描いていく。

 英語が安子やるいを変えるように、朝ドラは雪衣の心を長い時をかけて変える。ラジオ英会話と連続テレビ小説は、この物語の表裏、車の両輪なのだ。

アニーの告白は一発撮りだった

 百年の物語はいよいよその幕を閉じようとしている。異例の3世代ヒロインを演じた3人の主演女優はいずれも見事な演技を見せた。上白石萌音は序盤の安子シークエンスを演じ切ったあと、通常のスケジュールであれば出演不可能であった舞台『千と千尋の神隠し』で主演として連日高い評価を獲得している。

©AFLO

 深津絵里の活躍にいたってはもう説明不要だろう。109話、謎の老女アニーがその出自を明かすクライマックスでは、アニー=安子の数分間にわたる告白の間、演出はすべての音楽を止め、映像のほとんどを深津絵里演じるるいのクローズアップで埋めた。「ドキュメンタリーのような一発撮り」と演出の安達もじりが語るその映像は、まばたきもせず、雷に打たれたように凝固するその表情からやがて涙が溢れだすまでの感情の動きを、すべて深津絵里の演技力に委ねた大胆な演出だった。

 これほどの演技を見せながら、深津絵里はいくつかの公式コメントと雑誌インタビューを除いて、いまだほとんどメディアへの露出をしていない。『カムカムエヴリバディ』製作発表の場でヒロインが揃って挨拶をする恒例の映像もなかったし、定番である『あさイチ』のゲスト出演もない。

 天井知らずに高まり続ける俳優としての評価と、ストイックに封じられ続けるプライベート。『カムカムエヴリバディ』の後に次々と出演作が続くのか、再び活動を縮小し、姿を見られない期間が増えるのかも現時点では不透明だ。確かなことは、後世に語り継がれる名優の作品史に『カムカムエヴリバディ』という大きな記念碑が加わったことだけだ。