なにか事業をはじめるときに、まずは地方政府の権力者を「落として」協力をこぎつけ、そのお墨付きをもとにトップダウンで物事を進めていくのが中国での地域開発ビジネスのやり方だ。大阪の“支配者”である日本維新の会は、世間的には保守政党としてのイメージが強いが、実際は経済重視の理由から中国やロシアと独自の太いパイプを持つ。話を持っていく相手としてはうってつけであった。
「ワシら中国人の感覚なら……」
「しかし、ワシらはよくわかってなかったんだよ。なんと地元の人たちが中華街の話に反対した。ワシら中国人の感覚なら、なにかを誘致してカネが儲かるという話であれば地元の人は誰も反対しない。ところが、日本はどうも違うらしい」
中国式で政治的なネマワシを真っ先に済ませたのはよかったが、地域に話を通していなかったのだ。しかも、商売第一の福建省の出身者である林伝龍たちは、近年の日本世論の対中感情の悪化をよく理解していなかったらしく、メディア対策に失敗。不用意にNHKや朝日新聞の取材を受けて大きく報じられたことで、この街と利害関係がない日本人の警戒心まで招いてしまった。やがて、ごたごたしているうちにコロナ禍が発生し、当初の計画は画餅と化した。
とはいえ、地域再開発の計画自体がすべてご破算になったわけでもない。飛田本通南商店街で食堂を営む、商店主のひとりは言う。
「日本人にとっても利益のある形をつくったほうがいい。なので、林さんと新しい方法を話し合っている。いずれにせよ、この商店街は70年前に建ってから非常に老朽化しているので、新しくする必要はあるんだ。アーケードが崩れかけていて、ウチは落下物にお客さんが当たってケガしたときのための保険に入っているくらいだから」(注:原文は大阪弁)
実のところ、西成区の住民として4半世紀を生きてきた林伝龍本人については、地域住民の間でも「地元の人」という感覚が生まれており、彼を認めて受け入れる人もそれなりにいる。商店街の再生はこれからだろう。
「中国あるある」の過当競争も勃発
ただ、今後の再生が順調にいくかは話が別だ。街を復活させたはずの、中国系カラオケ居酒屋の急拡大が、私が見る限りでは林伝龍や大阪華商会のコントロール下におさまらないレベルになっているのである。商店街のある店舗で働いている、日本育ちの中国人女性従業員は話す。
「コロナ禍のここ2年で、各種の補助金や助成金をあてこんでガンガン出店が進んで、カラオケ居酒屋の店舗数が倍くらいに増えた印象です。日本人の大家さんの物件の家賃は変わらないのに、中国人大家の店の家賃だけどんどん高騰しているんですよ。林伝龍さんの名前? 新しく来ている人は、知らない人もいるんじゃないでしょうか」
たとえば、私が4月22日に訪れたスーパー玉出付近にあるカラオケ居酒屋店舗は、飛田本通に面した好立地でコロナ禍前の2020年2月に開店、家賃は月16万円だ。対して、2021年末に飛田本通から外れた路地裏に開店したベトナム人の店舗(後編参照)は、見たところほぼ同様の広さなのに家賃は月20万円で、しかも契約時の保証金に300万円以上を中国人大家から請求されていた。
ある商売が「儲かる」とみなされるやいなや同業者が大量に参入して投資が過熱、統制がとれなくなり需要の限界点を超え、やがて潮が引くように関係者が去っていってその産業自体が衰退してしまう……という多産多死の構図は、中国国内では「あるある」の話だ(5年ほど前の中国のシェア自転車ブームをご記憶の人もいるだろう)。西成区のカラオケ居酒屋でも、同様のスパイラルが生じつつあるように思える。
一般的に言って、中国人は新規事業をはじめるときの決断が早いが「見切り」も早い。ある時点で街に中国系店舗が多かったからといって、そのことをベースに長期的な計画を立てるのはちょっと危険でもある。西成区の商店街が今後どうなっていくのか、継続してウォッチしたいところである。