「おめでとうございます。全国大会は岡山の倉敷市で8月7日です。こちらが代表に決まった方にお渡ししている代表書類です。倉敷の観光マップもあるんですよ」

 大会運営をしている筆者は、我が子が全国小学生倉敷王将戦県予選を勝ち抜き代表の座をつかんだ親御さんに毎年、こう言って書類を手渡している。漫画なら周りが花模様になるような、そのパッと明るくなる表情を見るのが好きだ。ご夫婦で静かに抱き合ったり、「明日、会社で夏休みを申請しないと」と頬をゆるませながら楽しい計画を立て始めたりする。

 山本博志四段と伊藤匠五段も、倉敷王将戦全国大会に東京都代表として参加した経験がある。親は我が子の応援をしつつ、倉敷への旅を楽しんだ。伊藤五段の父、雅浩さんにその思い出を語ってもらった。

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2010年8月(小2)に行われた倉敷王将戦全国大会で三軒茶屋将棋倶楽部から低学年の部に参加した3人。右が伊藤匠少年(伊藤雅浩さん提供)

各都道府県代表が一堂に会する

 全国小学生倉敷王将戦は小学生名人戦と並ぶ小学生メジャー大会だ。小学生大会で奨励会一次試験免除になるのは、小学生名人戦と倉敷王将戦の全国大会優勝者だけ。

 各県代表が集う大会が東日本と西日本に分かれて実施される小学生名人戦に対し、倉敷王将戦は全国各都道府県の代表が一堂に会する。1~3年生の低学年の部と、4~6年生の高学年の部に分かれているのも大きな特徴だ。

 脳の発達段階にある小学生の学年の差は大きく、学年でクラス分けされていない小学生名人戦で低学年の子が代表になることは少ない。低学年の頃からその才能を発揮してきた藤井聡太竜王でさえ、小4で奨励会入りし大会に出られなくなったこともあり、小学生名人戦で愛知県代表になることは一度もなかった。

 倉敷王将戦は人口の多い都道府県で低学年、高学年とも2人ずつ代表枠があるのも大きい。藤井竜王は倉敷王将戦では3回代表になっていて、小2で10位、小3で優勝。高学年の部になった小4では2勝1敗で予選落ちという成績だった(この年、全員が5局指すスイス式から予選→決勝トーナメント方式に変更され全体の順位が付かなくなった)。

2010年8月(小2)に行われた倉敷王将戦全国大会低学年の部の集合写真。最前列右から2番目が伊藤匠少年、前列右から6番目が藤井聡太少年(伊藤雅浩さん提供)

 伊藤五段が倉敷王将戦代表になったのは低学年、高学年合わせて1度だけ。同学年の藤井竜王も出場していた小2のときだ。

 雅浩さんのブログ「Footprints」では倉敷王将戦について、東京都大会からはじまり、全国大会前夜、大会の様子、大会後の旅行まで詳しく綴られている。