他方で、そのていねいさは、バラエティ的なおもしろさも生んでいる。DAIGOが砂糖を小さじではかる。小さじを持つ手が小刻みに震える。その手にカメラが寄る。見る側はそんな彼の一連の動作から目が離せない。皮むきは、計量は、日々の台所の当たり前は、あたかもミッション・インポッシブルの様相を呈する。
そして、そんなDAIGOの挙動をじっと見守る一方で、時に私たちは気づいてしまう。なぜ、私は人の計量を見て緊張しているのか? そう我に返ったとき、見る側は、少なくとも私はそのシュールさに笑ってしまうのだ。
DAIGOはほとんど調理をアシストしていない。もちろん、邪魔をしているわけでもない。では何をしているのか。これはもう、“DAIGO”をしている、としか形容できないかもしれない。
とにかくDAIGOを褒める講師たち
番組内のDAIGOは料理初心者である。“超“がつく初心者かもしれない。そのため、じゃがいもの皮むきシーンに見られるように、自分がすべきことを先生にほぼすべて“確認”する。やる前には「いいですか?」「いきますよ?」「こうですか?」、やった後には「どうですか?」「大丈夫ですか?」「できてますか?」である。これまでテレビが扱ってきた“男の料理”の大雑把さや独自のこだわりは、きれいさっぱり排除されている。
そんな彼に、辻調理師専門学校の講師をはじめとした先生たちはどう対応しているのか。これはもう、“褒め”の一択である。彼ら・彼女らはとにかく褒め、応援する。
たとえば、魚肉ソーセージを5ミリ幅に切るシーン。「きっちりやっぱ5ミリでいきたいんですよねぇ」とじっくり慎重にカットしたDAIGOが、「どうですか?」と先生にたずねる。先生は「完璧です。ぴったり5ミリだと思います」と褒める(4月18日)。
あるいは、餃子を包むシーン。自分で包んだ餃子の出来の良さに「うぉお!」と感嘆するDAIGO。「すごい」と褒める先生。「先生どうですか」と確認するDAIGO。「ほんとにもう(私が包んだのと)一緒です」とさらに褒める先生。「どっちが先生のかわかんなくなりました」とDAIGOが大きく出ると、先生はそれに乗って「めちゃくちゃ上手です」と輪をかけて褒める(4月20日)。
連発される「すごい」「完璧です」「上手です」といった褒め。「“ぴったり”5ミリだと思います」など過剰になっていく称賛。そんな従来の料理番組にはあまり見られなかった褒め言葉のハードルの低さに、こちらは思わず笑ってしまう。
あるいはその笑いは、たどたどしいが一生懸命な子どもを褒める親の立場に、思わず自分をおいてしまうがゆえのものかもれない。成長する我が子を見守る目線。その目尻のさがった目線に伴う笑い(というか笑み)かもしれない。
そんな笑みを引き出す魅力がDAIGOにはあり、その魅力を番組は最大限に活かしている。