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2022/06/09

source : 週刊文春出版部

genre : ニュース, 社会, 企業, 経済

広報担当役員が苛立った理由

 ジンがLIXILグループに入社したのは2014年である。当時はベルギーのブリュッセルで仕事をしていたが、瀬戸の前任だった藤森義明に「広報体制をグローバル化するのに協力してくれないか」と誘われたのがきっかけだった。その藤森が急にCEOを退任するとなった時に社内は大混乱した。瀬戸の退任も藤森の時と同じくらい急である。ここで新体制がどういうつもりなのかを従業員にはっきりさせておかないと藤森退任の時の二の舞になると思ったが、潮田も山梨もどうやらそのつもりがない。

 苛立った理由はまだあった。ジンが瀬戸から「クビを宣告された」という連絡を受けたのは10月27日である。びっくりして翌日の日曜日に「事態が飲み込めません。そもそも急すぎるのではないでしょうか」と潮田に連絡すると、「落ち着いてください。月曜日に説明しますよ。ジンさんは心配性なんだから」と諫められた。しかし「説明しますよ」といった29日月曜日に訪ねると、潮田は突然、「24時間以内にプレスストーリーを作ってください」と言った。おかげでジンは突貫工事を強いられた。

〈潮田さんと山梨さんは忙しいのかもしれないが、ひょっとすると従業員など眼中にないのかもしれない。だからメッセージを出そうとしないのではないか。しかし情報を発信しないことが経営にマイナスであることにそのうち気づくだろう。「心配性なんだから」と言っておいて、後になってから急に「交代会見のプレスストーリーを作ってくれ」と言った時と同じように態度を急変させるかもしれない。そのしわ寄せは広報に来るに違いない〉

写真はイメージです ©iStock.com

 そう考えたジンは改めて潮田と山梨に「社内は動揺しています。顧客も同じに違いありません。何も言わないのはかなり不親切じゃないですか」と食い下がった。潮田はようやく「ジンさん、それでは文面を作ってください」と言った。新体制が出した所信表明は広報部が作成した文書で、それがワークプレイスに載った。

 瀬戸は会社の実情を細部に至るまで自分で把握したがる経営者だが、潮田はそれとは正反対のタイプ。実務には無頓着で、「経営者とは大きな方向性を打ち出すだけでよい」と考えていたフシがある。『日経ビジネス』のインタビューでは「私は捨て石になることも多いが、布石を打つのが好きなんですよ。それに今期の利益を極大化する必要はないと思っている。10年後、20年後に花開く要素をどれだけ持っているかによって経営は決まるという考え方なんです」と語っているのはその象徴だ。

 新体制スタート前後の潮田にとって、最大の関心事は瀬戸を追い出すことで、それ以外、例えば従業員向けにメッセージを出すことなどは些事だったのだろう。広報作成のメッセージには「良い会社にして欲しい」「期待している」といったコメントもあったが、潮田の姿勢を批判する辛辣なコメントも寄せられた。

「感謝している、という言葉の果てが実質的解任なんですか? 世間が言わしめるほどのプロ経営者を招いて、続けて2人も。コーポレートガバナンスとはなんですか? 創業家のエゴですか? 彼ら2人を招聘されたのは取締役会の決定という名ばかりのあなたの独断ではないですか? 世間はそう思っています」

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