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2022/07/23

source : 文春新書

genre : ライフ, グルメ, , 娯楽

メイドが笑顔で出してくれたのは「アリの炒めもの」

 同じく2007年ごろ、プノンペンでお世話になっていたメイドさんが、「きょうのご飯は特別よ」と笑顔で出してくれたのが、山盛りのアリとハーブの炒めもの(大振りの羽アリ入り)だったときは、一瞬たじろいだ。

アリとハーブの炒めもの。2007年8月(出典:『世界珍食紀行』より)

 動揺は隠して満面の笑みで「ありがとう」と言いつつ、多めのご飯にアリ数匹とハーブとを載せてかきこんだ。コメとハーブの味と、プチッという食感しか覚えていない。もういちど、アリの味を実感しながら食べてもいいとは思っているが、あんなにたっぷりのアリ料理にはその後出くわしていない。

 当時の日記には、現地の友人から「そんなに頻繁に食べるものではないけれど、半年に1回くらいは食べる」「コンポンチナン州に行ったとき、ほとんど毎日アリだった」という証言を得たとあったので、その気になれば「次」があったのかもしれない。しかし、こちらもまた、10年以上食べていない。

美味しい卵料理も

 孵化直前のアヒルの卵は、3つのなかで唯一「おいしい」と人に勧めることができる。

 フィリピンやベトナムでも食されていて、カンボジアではポンティアコンと呼ばれる。夕方になると「熱々のポンティアコンだよー」という声が聞こえてくる。卵のてっぺんをコンコンとノックしながら小さな穴をあけ、スプーンで少しずつ中身をいただく。

ポンティアコンの売られている様子。2018年10月(出典:『世界珍食紀行』より)

 たっぷりのハーブと、塩胡椒にライムを絞ったものをあわせる。羽になりかけの物体が見えたりすると、心理的に食べにくいかもしれない。

 しかし、卵と肉の中間のような味なので、おいしくない理由がない。初めて食べたとき、一気に5個平らげてしまったことを覚えている。だが、この卵ですら、最近めっきり食べる機会が減ってしまった。

左はテイクアウト仕様のポンティアコン。1個1000リエル(0.25ドル)。右は殻を割った様子。2018年10月(出典:『世界珍食紀行』より)

 若かりしころの心の傷のおかげで、さまざまな食材に挑戦する機会に恵まれてきたことは確かだが、そろそろ無理せずに食べたいものを食べてもよい年ごろになってきたのかもしれない。「食べない」ということは、必ずしも相手の食文化を否定することを意味しないのだから。そう言いながら、出張先のカンボジアで頻繁に和食を選ぶようになった自分が、何か大事なものを忘れつつあるような気もする。

 いま、もし目の前に、アリの炒め物が出てきたら、私は果たして笑顔で食べることができるのだろうか。

世界珍食紀行 (文春新書)

山田 七絵

文藝春秋

2022年7月20日 発売

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