1973年の結成から今年で49年を迎えるバンド、THE ALFEE。今までのコンサート通算本数は2813回、武道館のグループとしての公演数は最多を記録する。学生時代に知り合った友人が仕事仲間に変わり、昭和から平成、令和に時代が流れ、メンバーを取り巻く環境も変化していく。その中で、リーダーの高見沢俊彦さん(68)はどんなことを思いながら活動してきたのか。解散危機はあったのだろうか――。話を聞いた。(全3回の1回目/#2#3を読む)

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みんな生活感があまりない次男坊

――THE ALFEEがデビューして今年で48年になります。これほど長きに渡り、同じメンバーで活動が続いた理由はなんだと思いますか?

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高見沢:解散してバラバラで活動する理由が見つからなかったからかな(笑)。桜井(賢)は明治学院高校、明治学院大学と一緒でしたし、坂崎(幸之助)にも大学のキャンパスで出会いました。良い意味で、今も学生気分でいるのかもしれない。みんな子どもがいるわけでもないし、生活感があまりない次男坊どうし、馬が合うんでしょうね。

「先にお前が飯食ったとか、くだらないことで喧嘩する」と話す高見沢さん ©鈴木七絵/文藝春秋

――たとえば、学生時代の友達が仕事仲間になると、関係性が変わってくるグループもあるかと思います。THE ALFEEの中ではそういったことはありませんでしたか。

高見沢:当時から、そんなに関係性は変わってないですね。ベタベタしない、ほど良い距離感はずっとあったのかもしれないです。あ……、いや、2人はズカズカ入ってくるか(笑)。

 もちろん、時代によって多少は変わってきていると思いますよ。よく僕らが話すのは、「ぬるま湯の関係」なんです。ぬるま湯って聞くとネガティブな感じがするかもしれないけど、一番居心地がいいぬるま湯にするためにはそれなりの努力が必要ですから。そこに浸っていられるように、熱かったら冷ます。冷えたら沸かす。そういう努力も多少必要になりますよね。