ただ正常性バイアスは、過剰な心配を平常の感覚に戻すための認知メカニズムの働きであり、人間にとって正常な知覚でもあります。散歩をするたびに、横の道路を走る自動車がガードレールを飛び越えてぶつかってくるのではないか、などといつも心配していたら、日常生活は送れません。過敏な状態に陥らないために、正常性バイアスは必要です。
しかし災害時は、この正常性バイアスが良くない働きをしてしまうことがあります。災害時に正常性バイアスに陥らないためにも、大地震や津波、噴火についての正しい知識を持ち、諸々のシミュレーションをおこなっておくことが大切です。
たとえば、都会の地下街を歩いているときに大地震が発生すれば、一刻も早く地上に出なくてはなりませんが、地下は揺れが地上よりも少なく、安全だという思い込みがある方もいるかもしれません。
確かに揺れに関しては構造的にも安全性は高いでしょう。しかし、実は東京や大阪などの低地に津波が押し寄せると、水が怒濤(どとう)のように地下街に流れ込み、人は階段ものぼれなくなり、溺れ死んでしまう可能性があります。「津波は何度も来る」「後に来る波のほうが大きいこともある」といった知識も重要です。
そのようなときに、異常事態に気づかなかったり(「同化性バイアス」が働く)、周囲の人たちが動かないので自分も同じように振る舞ったり(「同調性バイアス」が働く)したら、命取りになります。
同化性バイアスも同調性バイアスも、ともに正常性バイアスを支える要素です。同化性バイアスとは、周りの環境や事態にみずから同化することで異常事態や心的危機を回避する働きで、日常世界においては心身の安定を図るために必要です。
同調性バイアスは、周囲の人の価値観や感覚に行動や思考を同調させる働きで、「空気を読む」能力でもあるので、集団生活のなかではある程度求められます。ところが有事の際に、こうした心の働きに左右されてしまえば、文字通り、命が危機にさらされるのです。
知識だけでは意味がない
普段からさまざまな災害へのシミュレーションを試みておくことも大切です。知識だけがあっても、長いあいだ意識することがなければ、せっかくの知識を役立てられないからです。
たとえば、直下型地震が発生したとき高層階で仕事中だったら、あるいは人混みのなかにいたら、どのルートで逃げるのか。歩道を歩いているときにビルからガラスや看板が落ちてきたらどうやって身を守るか。地下鉄に乗っていたらどうするか、などの場面ごとにシナリオを作っておきましょう。