2、東大に行くのだと、周りに公言する
まず「一体どういうつもりだ?」と先生に聞かれた。
なんの話かはすぐにわかる。僕が志望大学調査書に「東京大学」なんて書いたからだ。
「お前、本当に東大に行くつもりなのか」
担任の佐藤先生は聞いてきた。別にこの先生とは特別仲が悪いわけではない。ないのだが、流石にクラスの落ちこぼれみたいな生徒がいきなり「東大目指します」って言って、「よっしゃ頑張れ!」ってなるような関係ではない。
それでも、師匠に言われたのは、とにかく公言しろ、ということだった。ならもう、反対されるのが目に見えているとしても、言わなければならない。その先で、バカにされたり、怒られたり、考え直せと言われたりしたとしても、だ。
「そうか。まあ、じゃあ、仕方ない」
だが、想定されるはずの反論はこなかった。
「じゃあ科目選択は、お前は文系だから2科目だろ? そうするとこのカリキュラムで……」
「えっ、先生」
たまらず、僕は話を遮る。
「反対しないんですか?」
先生は僕の顔をよく見て、こう言った。
「お前、目の下に隈あるぞ」
その時、僕は寝不足だった。週50時間勉強という訳のわからないものを自分に課した結果、睡眠時間を削らざるを得ず、そうなってしまったのだ。
「そんなになるまで勉強しやがって。そんな姿見たら、反対できないだろうが」
先生は、そう答えた。
「東大に行くって言うなら、俺は止めない。だが、授業中とか頻繁に当てるから、覚悟しとけ。『この程度の問題も答えられないなら東大になんか行けないぞ』って言ってやるよ」
正直な話、僕が数字にこだわって勉強し始めたのなんて、ほんの2週間くらい前のことである。でもそれを、佐藤先生は知らない。まあもしかしたら、知らないふりをしてくれているのかもしれないが、しかしそれでも騙されてくれているのだ。
(こういうことなのか?)
僕は考える。師匠が言っていた、優等生の演技というのは、こういうことだったのではないかと。
(優等生の演技をすれば、優等生として周りが扱ってくれるから、いろんなことが、うまく行くって、そういうことなのか?)
この後、僕は、授業で頻繁に当てられるようになった。先生からの質問に答えるのは大変だが、しかし、答えられるように一生懸命になると、その分勉強するようになった。
そして、それに釣られるように、最初は僕が東大を目指すと言ったのをバカにしていた人たちも、次第に何も言わないようになっていった。それもこれも、僕が東大を目指すと周りに公言したからおきた現象だ。
(演技が、本当になっていく、か)
その事実を、僕は噛み締めるのだった。