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〈じれったい、じれったい〉が見事にハマった

 その後、売野と同じ事務所にいた3歳年上の作曲家、芹澤廣明のストック曲が候補としてリストアップされることになった。2人はのちにヒットを連発する名コンビとなるが、この時点では面識すらなかった。

「まず、ワーナーの担当ディレクターだった島田さんに私とマネージャーが呼び出されました。アーティストルームという豪華なステレオセットがある部屋で、候補となっている3曲を聴かされました。いずれもマイナーなエイトビートでしたが、そのなかで1つだけ歌詞がつけられている『シャガールの絵』という曲がいい、ということで意見が一致しました」

 売野は島田から、最初に書いた少女Aの詞を、この曲に移し替えるよう依頼された。本来なら困難を伴う作業だが、2つの詞は構造が似ており、奇跡的に上手く移行できたという。

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©文藝春秋

「『シャガールの絵』は、作詞の専門家ではない漫画家が書いた詞で、曲の出だしのAメロが、普通は8小節のところ、32小節もあって長い訳です。それは私の『少女A』も同じで、要するに2つとも音楽をよく知らない人が書いた詞だったのです。逆にそのお陰で微調整だけでほとんどそのまま移し替えることができました。ただ、僕の中で最も引っ掛かっていたのがサビの部分です。当初は〈ねぇあなた、ねぇあなた〉と続きましたが、より強い〈じれったい、じれったい〉に変えたら見事にハマったのです」

「レコーディングするまでは、いつ消えるか分からないんだよ」

 新たな詞が完成すると、島田は「今度は芹澤さんも連れて来て下さい」と売野を呼んだ。

 その日、芹澤はリーゼントに赤いアロハシャツ姿でワーナーに現れた。

「芹澤さん、唄って下さい」

 島田はミュージシャンでもある芹澤に、ギターを渡した。芹澤が譜面を見ながらしばらく練習し、ワンコーラス唄うと、周囲の反応は上々だった。

 初対面だった売野は、トイレで横に並んだ芹澤に「アルバムの一曲に決まって良かったですね」と話しかけた。芹澤は一拍置いて、「甘いよ。こういうのはレコーディングするまでは、いつ消えるか分からないんだよ」と諭した。