「夫婦でよく話し合いましたが、財産はお父さんとお兄さんたちが築いてきたものです。私たちはいりません」
夫はそう言って妹に同意を求めると、妹もうなずいた。
少し間を置いて兄が、「ありがとう。でもそういうわけにはいかない。お金を借りることもできるし、相続して欲しい」と穏やかに応えた。
相続人の間で合意できれば、財産の分配は自由に決められる。阿保税理士の提案により、長男と次男が借金せずに相続税を支払える範囲で、妹も多少の現金を相続することになった。その額は、法定相続分よりずっと少ないものだった。
妹の夫は中小企業のサラリーマン、妹は専業主婦。子供はまだ小さく、これからまだまだお金がかかる。妹夫婦は数千万円相続できたが、望まなかったのだ。
「親から相続する財産はいわば不労所得です。しかし、目の前に現金が積まれた時に『いりません』と言うのはなかなか難しく、普通は欲しがります。相続は、相続人の妻や夫が口を出してきて揉めることも多い。妹の夫は違いました。どうすればこうして譲り合えるのかは、人間性としか言いようがありませんが……」(阿保税理士)
長男が「家もお金もいらない」と譲ったわけ
次は兄が譲った話だ。
父親(開業医)が70代半ばで亡くなり、60代後半の母親、40代後半の長男(勤務医)、30代後半の長女の3人が相続人になった。
父親は140坪の土地に家を建てて住み、そのうち20坪を利用して新たに病院兼住居を建てたばかりだった。土地だけで数億円の価値がある。しかし相続の時、長男は「育ててくれて医者になれた。家もお金もいらない」と譲った。
「できた兄でした。すごく優しそうでしたし、実際に優しいのでしょう」(阿保税理士)
配偶者が相続する時は、法定分または1億6000万円までは非課税で相続できる。そこで母親が家を相続し、結婚して離れて暮らしていた長女が「心配だから」と母親と同居することになった。
長女が母親と同居するのは、母親が亡くなった時の2次相続対策にもなる。同居している子供が家を相続する時は、土地の評価を8割減額できる特例があるためだ。
「140坪の土地があれば、将来何か起きた時に土地を切り売りすることができます。これが40坪しかなければ切り売りすることもできないのですが……」(同)