ここでも陸相はなお条件をつけることを主張しつづけてやまなかった。
「武装解除を自主的にする、それこそ国体護持のための最小の必要条件なのである。これを条件としてこのさい提示することは少しもおかしいことではない。この回答をこのまま受諾して降伏する場合は、天皇制の護持は期し難い。ならば、むしろ死中に活を求める決心で、抗戦をつづけるべきであります」
悲痛な抗議をつづける陸相の顔を、もはや多くの閣僚はまともに見ようとはしなかった。
首相がいつになく力強い声で意見を述べた
議をつくし閣僚たちが疲れきって黙りこんでしまったとき、首相は立上るといつになく力強い声で、自分の意見をのべはじめた。
「私は先方の回答に受諾しがたい条件もあるように思い、背水の陣の決心をしましたが、再三再四この回答を読むうちに、米国は悪意あって書いたものではない、国情はたがいに違う、思想も違う、実質において天皇の地位を変更するものではない、と感じたのでありまして、文句の上について異議をいうべきでないと思う。このさい、辞句を直せというても、先方にはわかりますまい」
首相の言葉は諄々としていた。
「問題は国体護持であります。もちろん危険を感じておりますが、さればとていまどこまでも戦争を継続するかといえば、畏れ多いが、大御心はこのさい和平停戦せよとのご諚(じょう)であります。もしこのまま戦えば、背水の陣を張っても、原子爆弾のできた今日、あまりに手遅れであるし、それでは国体護持は絶対にできませぬ。死中に活もあるでしょう、まったく絶望ではなかろうが、国体護持の上から、それはあまりにも危険なりといわなければなりませぬ」
阿南陸相はきっと顔をあげ、胸を張って首相の言葉を追っていた。
「われわれ万民のために、赤子(せきし)をいたわる広大な思召しを拝察いたさなければなりませぬ。また臣下の忠誠を致す側からみれば、戦いぬくということも考えられるが、自分たちの心持だけは満足できても、日本の国はどうなるのか、まことに危険千万であります。かかる危険をもご承知にて聖断を下されたからは、われらはその下にご奉公するほかなしと信ずるのであります」
この長い発言には8月6日いらい、首相として鈴木貫太郎が考えに考えてきたすべてのことがある。政治性ゼロの宰相の真情だけがあった。
「したがって、私はこの意味において、本日の閣議のありのままを申し上げ、明日午後に重ねて聖断を仰ぎ奉る所存であります」
これが閣議の結論となった。6時半をすぎていた。