1ページ目から読む
5/6ページ目

父親の声を木村拓哉が演じた理由

 眞人は戦争で母を亡くしたことをずっと気に病み、そしてその喪われた母を求め、イメージの世界に入り込んでくる。

 興味深いのは、このイメージの世界に、父は入ってこないことである。眞人の父は、ずっと現実の世界に留まっている。

 そして、この眞人の父の声を俳優の木村拓哉が演じていることも印象的である。木村拓哉といえば『ハウルの動く城』で「ハウル」というヒーローを演じた俳優である。つまり、いつまでも若くかっこよく、自分と張り合う存在――それこそが眞人にとっての父なのだ。

ADVERTISEMENT

主人公の父親の声を演じた木村拓哉 ©getty

「母」を使って主人公を誘惑するアオサギの正体

 前述した、アオサギの変化について思い出してみよう。アオサギは、イメージの世界に入り、眞人に仕留められ、うまく飛べなくなる。その魅力的な鳥の身体を失う。それはなぜか。アオサギが、眞人にとって、父だったからではないだろうか。

 アオサギはずっと眞人のことを誘惑する。お前は母が欲しいんだろう、と。失われた母を手に入れたくて仕方がないんだろう、お前は母をこの手で描き出したいんだろう。そう唱え続ける。

 だが眞人が実際にイメージの世界に――アニメーションの世界に入ってみると――そこに誘惑する父はいなかった。そこにいたのは、少女になった母と、いなくなった父だった。あんなにも魅力的な飛ぶ父の体躯は、もう、ない。自分が倒してしまったからだ。どこかコメディめいた、笑える存在になってしまった。

 そんな世界で、どうにか眞人は、母を探そうとする。そしてヒミという少女――実母の手を、取る。

 父の不在、母への思慕。その構造が『君たちはどう生きるか』を支えている。それは宮崎の想像力の源泉でもあった。喪われた母を求めて、この人は、ジブリ映画という巨大な想像力を作りあげてきたのか――その事実に私は打ちのめされる。