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 12月2日放送の『徹子の部屋スペシャル』に、トット役の少女俳優・大野りりあなと共にゲストで登場した八鍬新之介監督は、42歳という実年齢よりさらに若く、スラリとした長身はまるでモデルや俳優のようにさえ見える。だが彼は、父になったことをきっかけにシリア内戦などの世界情勢に危機感を持ち、『トットちゃん』の中に含まれる差別や戦争、障害というテーマをみごとに2023年に甦らせることに成功している。

 それはキャラクターデザインもつとめた金子志津枝・総作画監督も同じだ。映画パンフレットに収録された、原作・黒柳徹子と美術設定・矢内京子との鼎談の中で、「キャラクターデザインにあたっては、物語の舞台となる自由が丘や北千束ゆかりの場所をめぐったり、今でいうフリースクールや養護学校、ポリオの会など、たくさんの取材をさせていただきました」と語っている。

 その綿密な取材は、物語の中で重要な役割を担う小児麻痺の少年、泰明ちゃんの描写に生かされている。足をひきずって歩く少年が、プールの浮力によって重力から解放され、トットちゃんとともに精神と肉体の自由を体感するシーンは、原作のプールの描写にこのアニメ版が付加したもうひとつの優れた価値であり、この映画の白眉にもなっている。

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トモエ学園で出会った泰明ちゃんは左手と右足が不自由だった © 黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

近年の主流と一線を画すキャラクターデザインだからこそ

 今作『トットちゃん』のキャラクターデザインは、少年少女をアイドルのように美しく描く技術を果てしなく洗練させてきた近年のアニメーションのメインストリームから外れている。しかしトモエ学園のプールの授業で、原作に忠実にイルカのようにただ服を脱いで裸で泳ぐ泰明ちゃんやトットちゃんを描く時、養護学級や障害について繊細な取材を重ねた金子のキャラクターデザイン、そしてアニメーターたちの作画は、彼らの尊厳を守り、水の中の子どもたちを美しく描くことを見事に達成している。

電車の車両を教室にしているトモエ学園 © 黒柳徹子/2023映画「窓ぎわのトットちゃん」製作委員会

「(どんな身体も美しいのだ)と校長先生はみんなに教えたかった」と原作のプールの授業部分で黒柳徹子は記すのだが、それをアニメーションで描くには、「大人の視線に規定された美しさ」ではなく、「トットちゃんの目から見た世界と自分たち」を描かなくてはならないのだ。

日本アニメにとって重要な記念碑に

 手描きアニメーションの絵は「主観」を表現することに適しているが、『トットちゃん』の素晴らしい作画スタッフは、大人からの視線に搾取される子供ではなく、「窓ぎわの子どもたちから見た世界」を描くことに見事に成功している。それは金子総作画監督が実際の児童たちに取材を重ね、時計の針を巻き戻すような、アニメの原点に帰るようなキャラクターデザインと作画を指揮した賜物だろう。

 シンエイ動画は『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などの作品を手がける老舗スタジオとして知られるが、その前身であるエイプロダクション時代には、宮崎駿や高畑勲らが東映動画から移籍し、スタジオジブリ設立と東映動画時代の間に『ルパン三世』などの作品を手がけた歴史的なスタジオだ。そうした歴史的な場所から八鍬監督や金子総作画監督のような新しい世代の才能が創り上げたこの作品は、日本アニメにとって重要な記念碑になる。