下手に同意すれば…
だからこそ、自国政府の対中政策に対する批判の裏返しとして、「日本はうまくやっている」と振れることとなる。下手に同意すれば、「日本大使も批判している」としてモリソン政権批判に使われることは必至だ。したがって、日本大使としてこうした議論に安易に与するわけにはいかない。ましてや、相手の発言を額面どおり受け止め、豪中関係に比して日中関係は上手くいっているなどと鼻の下を長くするなど論外だ。むしろ、対中外交最前線にある日本が直面している挑戦を過小評価しているとして戒めるべき筋合いなのである。
そこで、ひとこと言っておいた。
「That is bullshit!」
豪州人がよく使う表現でもある。
字義どおりに訳せば、「牛の糞」、要は、「たわけたことを言うな」だ。外交官が公の場で口にするには上品な言葉ではないが、相手の目を覚ますには最適の言葉でもあった。
手厳しく反論されたと感じたのだろうか、質問した女性外交官は呆気にとられ、赤面した。
だが、こうした場面は、私の豪州着任後、何度も繰り返されることとなる。
中国大使館から「暴言」となじられて
それだけではなかった。「中国問題に口出しするな」とまで露骨に牽制されたのは一度で済まなかった。圧力に耐え忍ぶ豪州にエールを送ろうとすれば、中国大使館の戦狼たちから「暴言」となじられ、「適切に仕事をしていない」とまで批判された。のみならず、歴史カードを振りかざされ、「日本大使は歴史を知らない」とまで「説諭」された。そんな挑発に接しても、決して口をつぐむことなく、かつ、相手と同じレベルに引きずりおろされて口角泡を飛ばすことなく、理路整然と時にユーモアを交えて反論し、豪州社会の理解と共感を得ていく。これが私の駐豪大使生活の基調となった。
中国の猛烈な反発に遭い、車のヘッドライトに照らされたカンガルーのように立ち尽くしてしまう豪州人が一部にいたことは事実だ。そうした中で、ヘナヘナと原則なき妥協に走ることは豪州にとってのみならず、日本の国益、更にはインド太平洋地域の秩序作りにとって最悪である。
そうした事態の展開を防いでいくために、必要な突っかい棒を打っていく。何よりも、日本の対中認識を冷静に説得力ある形で説明し、日豪の足並みを合わせていく。私の豪州での奮戦記の始まりだった。