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 自分が性加害者になり、刑務所に入って初めて過去の性被害に気づくとはなんとも因果な話です。しかし裏を返せば、FはR2プログラムを受講するまで、性被害にあったことを記憶の奥底に抑圧し、自覚しないまま過ごしていたのです。そういう意味では、いわばグルーミングが及ぼす洗脳状態が続いていたともいえます。

 被害者のこころに深い傷を負わせる性加害や性虐待は「魂の殺人」ともいわれますが、Fも幼い頃の性被害により自尊心が根こそぎ削られ、「自分は価値がない人間なんだ」と刷り込まれていたことがうかがえます。しかし人間は、自分がずっと支配される側でいることは望みません。

 もしも何かのきっかけで自分が支配できる存在、絶対に自分を脅かさない存在が現れたらどうでしょう。自分の支配欲を満たしたいと考えるのが、ある種、自然なこころの動きではないでしょうか。Fの場合、自分の支配欲の矛先は、「絶対に自分を脅かさない」という保証がある子どもたちに向いていたのです。

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世間を震撼させたベビーシッターアプリ事件

 性被害者が小児性犯罪者になる例をもうひとつ紹介します。

 2020年5月、ベビーシッターのマッチングアプリを使って、シッターの男(仮にGとします)が子どもをグルーミングし、性加害に及んだとして逮捕される事件がありました。この事件が起きた翌月には、また別のシッターの男が同じく子どもへの強制わいせつ容疑で立て続けに逮捕されたこともあり、社会に衝撃が走りました。

 その後の裁判でGは、男児20人に性的暴行やわいせつ行為などをした罪に問われ、懲役20年の実刑判決が言い渡されました。この男が起訴された事件は、5~11歳の男児に対する強制性交等罪が22件、強制わいせつ罪が14件、児童ポルノ禁止法違反の罪が20件の計56件にものぼります。私は専門家証人として彼の証人尋問に出廷しました。

 Gの犯した行為は、とても卑劣です。被害者であるひとりの男児は、Gに夜中の午前3時に起こされ、連れて行かれたトイレで被害にあったといいます。裁判では、被害男児による「深夜に目が覚めると、あれから数年がたったいまでも恐怖がよみがえる。僕のように事件にあった人が多くいると聞いて、本当に苦しい」という陳述書を代理人の弁護士が読み上げました。

 一方、Gの背景に目を向けると、実は彼には家庭内で虐待されていたという生い立ちがあります。

Gの母親はアルコール依存症で、たびたび暴言を吐いていたという。写真はイメージ ©getty

 判決に先立って被告人質問では、母親はアルコール依存症で、「お前なんて産まなければよかった」と言われて物を投げられたこと、小学校や中学校ではいじめにあい、万引きを強要され、トイレの個室で水をかけられたこと、さらに不登校になると父親からアザができるまで顔を殴られたことがGの口から明かされました。