木村は「大崎さんは、女性棋士が誕生することが将棋界の活性化に繋がるという考えだったのでしょう」と言う。観戦記の縁で大崎は木村と行方に、西山とのVS(1対1での研究会)を提案したと思われる。大崎の仲介があった後、西山は木村と行方に電話を入れて自分とのVSを願いでた。2人はこの申し出を受けることになる。
棋士は親しさや温情で研究パートナーを選ぶことをしない。長く研鑽を重ねてきた相手でも、互いのステージが違えば、その研究会やVSは終了する。当時、行方は順位戦A級、木村はB級1組に在籍していた。木村はVS開始後の2019年に王位を獲得、A級復帰も果たしている。VSを受けた理由を問うと、2人は「自分にもプラスになるものがあると思ったからです」と答えた。
大崎が西山を応援したのは、『将棋世界』誌での連載「神を追い詰めた少年―藤井聡太の夢―」の中で、西山を取材したことがきっかけだった。藤井が昇段を決めた三段リーグ最終戦で、対戦相手が西山だったのである。大崎は作品で多くの人の心を将棋界へと惹きつけたが、病のため今年8月に亡くなった。
女性が棋士にもっとも近づいた日
木村には西山はどう映っていたのだろうか?
「棋士になりたいという気持ちは、強くあったと思います。熱心に勉強しているのを感じましたが、どこか自信のなさというか、繊細な面も見られた気がしました。それは三段リーグで戦っていれば性別に関係なくあるので、特別なことではないのですけれど。ただ西山さんは、あの頃は私の前では力強さをあまり出せていなかった気がします」
行方は西山であれば女性棋士になれるのではと思ったのだろうか?
「それは正直わかりません。西山さんの豪快な振り飛車に魅力を感じていたので、一度指してみたいと思った覚えがあります。実際に指すようになり、三段リーグと女流棋戦の両方で大変だろうけど、ナチュラルに向き合っている姿勢にはいつも感心しました。女流との掛け持ちは、棋譜が世に出てしまうので他の三段と比べて不利な面もある。自分たちには想像がつかない厳しさもあったと思う」
西山は三段リーグ参加8期目、最終日に連勝して14勝4敗の成績を残した。上位2名が四段昇段できる中で、惜しくも順位差による次点となったが、女性が棋士にもっとも近づいた日であった。当日は多くのメディアが将棋連盟に詰めかけており、連盟側は西山をカメラの前に晒すことを避けるために理事室で休ませた。対応にあたった理事の森下卓九段は、西山の眼に涙を見た。