150年以上の歴史がある日本の鉄道。しかし、誕生当初は列車にトイレは設けられておらず、また、設けられるようになっても、排泄物をすべて車外にそのまま捨ててしまう時代が約50年も続いていた。
まだ肥だめなども珍しくなかった20世紀半ば、世の中的にも大きな問題になることはなかった。そんなある日、ついにある「事件」がおこる。
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排泄物をめぐる衝撃の実験結果。「窓を開けていると駅弁に…」
戦後間もない1951年に雑誌『文藝春秋』に「列車糞尿譚」なる一文が掲載されて話題を呼ぶ。
岡芳包という徳島大医学部の教授によるもので、岡教授が行なった実験結果がまとめられていた。その実験とは、トイレから赤インクを落とし、地上や列車内に置いた濾紙にどれだけ赤インクが付着しているかを調べたものだ。言い換えれば、排泄物がどれだけ飛び散るかを調べた実験である。
その結果は、なかなかに衝撃的。列車がトンネルや橋を走行しているとき、また対向の列車とすれ違うときは、排泄物が風圧で舞いあがって窓を開けた車内に飛び込んできていたのだ。
岡教授は、「列車糞尿譚」の中で列車に乗って景色を眺めているとき、汚物が口や目鼻に飛び込んできている可能性は高い、などと書いている。ちょうど弁当などを広げていたら、その中にもきっと……。
同様の実験はその後も繰り返され、同時に日本人の衛生観念も向上。さすがに不衛生でよろしくないのでは、という意見が広まってゆく。労働組合が『国鉄糞尿譚』なる冊子を制作して排泄物に塗れた保線仕事の苦労を訴えたのも効果的だったようだ
技術的な問題もあって、さすがにすぐとはいかなかったものの、新幹線や特急列車から少しずつたれ流しは廃止されてゆく。
なお、たれ流しが完全に消えたのは21世紀になってから。かつては、誤ってお札を落としてしまって次の駅で降りて拾いに戻ったとか、修学旅行の女子学生がトイレで出産し、線路の上で赤ちゃんが泣いているのが見つかったとか、そういう事件も起こっている。