(1)知子さんがいなくなった3月8日昼ごろから10日にかけてのアリバイがはっきりしない
(2)知子さんとは昨年夏ごろから親しい関係にあり、知子さんが勤めていた聖オディリアホームにも出入りしていた。彼女がBOACに入社後、ロンドンで研修を受けていた際、毎週のように新聞を送るなどしていた
(3)知子さんがいなくなる2日前の3月6日、下宿先にベルギー人聖職者が関係している宗教出版社から速達便が届いた。知子さんを呼び出す内容とみられ、知子さんは出かける時、持って出たらしいが、所持品から発見されていない
(4)事件当夜、現場付近に停車していたとの目撃情報がある黒塗りのルノーを所有している
(5)現場付近の地理に詳しい
記事は最後に「現在のところ、状況証拠だけで決め手はないが、いままでの容疑者は全員「シロ」で、捜査線上に残った最後の男であることは間違いない。さっぱり行方がつかめないので、国外に渡航したとも考えられる」という「捜査本部の話」を載せている。
しかし、彼は海外に渡航してはいなかった。約1カ月半後の5月6日付夕刊各紙は「ベルギー人神父に出頭求む 重要参考人として」(朝日新聞。以下、朝日)、「特に親しかった付合い」(毎日)、「任意同行こばむ」(読売新聞。以下、読売)などの見出しで一斉に実名を出して報じた。いまでは極めて特殊なケースでなければ考えられないが、当時はまだ被疑者の人権に対する意識が低かった。
3紙ではわずかずつ表記が異なるが、毎日が記述し、のちに統一される「ベルメルシュ」でまとめる。朝日の記事を要約しよう。
警察本部が事件直後から目をつけていた男
高井戸署捜査本部はこれまでの調べから、東京都杉並区八成町、ドン・ボスコ修道院のベルギー人、ルイス・ベルメルシュ神父(38)が事件に関係があるのではないかとして5日、事情を聴くため、本部員が修道院を訪ねて任意同行を求めた。しかし、同神父と教会側は「教会内なら構わないが、警察に行って事情を聴かれるのは困る」と断ったため、この日は事情聴取ができなかった。本部は事件直後から、同神父が知子さんと親交のあった人物の1人として関心を持っていた。事件解決のため、今後も引き続き出頭を求め、これまでの捜査で残された最後の重要参考人として事情を聴かなければならないとしている。
記事は神父の身上と被害者との関係も記述している。
捜査本部の調べでは、同神父はドン・ボスコ修道院にいて、同院の事業の1つである国電(現JR東日本)四ツ谷駅前のドン・ボスコ(出版)社との連絡を受け持ち、同出版社の会計係をやっていた。知子さんが聖オディリアホームに勤めていた昨年夏ごろ、カトリック関係の書物を探してやったことから知り合いになり、それからは神父が聖オディリアホームを訪れることもあって親密な交際が続いていたという。本部は事件発生直後、知子さんの手帳に神父の名前が書いてあった事実をつかみ、本人から事情を聴いたりしたが、神父はアリバイを主張。修道院関係者も同調している
アリバイとは3月8日、9日とも調布市の神学校の儀式に参加し、夜になって修道院に帰ったという主張。記事の末尾には「非常に難しい事件。調べたい人があり、いずれも参考人の段階だ」という新井裕・警視庁刑事部長の談話と、「(神父は)この事件とは全く関係のないことがはっきりしているので、何も言うことはない」という修道院側の話が載っている。