自分のなかに根付いたもの、それが作品にも表れる

髙林 なるほど。上橋先生の『精霊の守り人』では、「異なる世界が重なってあるのだ」という世界観が描かれています。そこには文化人類学的な視点が反映されているように思います。「守り人」シリーズに登場する星読博士や、『獣の奏者』に出てくる戒律ノ民のように、実際にこの世のどこかにいるのではないかと思わせる存在。異なった世界が重なっているとか、『鹿の王』の死生観、そういったものには、文化人類学のフィールドワークのご経験が反映されているのでしょうね。

上橋 そうですね。私は、自分が研究してきたオーストラリア先住民の文化を自分の物語に使うようなことは決してしないよう心掛けているのですが、フィールドワークは、確かにとても多くの得難い経験を私に授けてくれました。人々の日々の暮らしを、目に見えぬ形で動かしている様々な物事を生々しく知ることができましたし、狩りで得た獲物を解体して料理して食べる、というような、匂いや手触りのある経験もすることができましたし。

 もうひとつ、文化人類学を学んでいて、とてもありがたかったのは、多くの学者たちから、世界各地の面白い話を、たくさん聞くことができたことですね。

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髙林 文化人類学の研究者のみなさんは、世界中の様々な人々を研究していらっしゃいますものね。

上橋 そうなんです。文化人類学を学んでいると、つくづく、人というのはなんと多様で、それでいて、なんと似ているのだろう、と思います。

 髙林先生のご研究に繋がるかもしれませんが、植物は根に共生している微生物を介して、養分を別の木へと分け与えることがあるようですね。

髙林 ええ。

上橋 そうした「他の個体と関係を結んでいく」ことを、人間も、食糧の分配など様々なことで行っていますよね。そして、そのやり方には様々なパターンがある一方で、様々な共通点もあったりする。私はお恥ずかしいほどの怠け者なんですが、それでも、恩師方や先輩方、友人たちに導いてもらいながら、若い時から文化人類学の知見をシャワーのように浴び続けたお陰で見えてくるものがあって、それはきっと無意識のうちに私の中に根付いていて、髙林先生がおっしゃったように、書いている最中に自然と表れているのかなと思います。

髙林 やっぱり多様な情報を若い頃からインプットしているのが、大事なんですね。これは今日参加されている高校生のみなさんへのメッセージですね。