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豊橋の“若き工学者”たちは、なぜ「役立たずロボット」を作り続けるのか?

「弱いロボット」研究者・岡田美智男教授インタビュー #1

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人間だって「基本的に弱い」

――お話を聞いていると、完全なものを作ったり、完璧に人間をサポートするもの、拡張するものを目指している工学や科学とは別の研究の世界という気がしてきます。人間そのものの研究といいますか。

岡田 その側面は大いにありますね。基本的に人間の身体というものは不完全で不完結。1人ではどんな行動も成り立たないんです。自分の顔でさえ、鏡がないと見られないし、歩くという単純な行為でさえ、地面に支えられているからこそ歩けるわけです。ちょっと難しく言うと、歩くとき人は地面を味方につけながら、歩くという行為を一緒に作っている、つまり地面を信頼し、自分を委ねているわけです。生態心理学的に言うと。

 

――ということは、人間は何かに委ねながら生きていくのが本来的な姿なんでしょうか。

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岡田 私はそう思います。環境に委ねないと生きていけない、基本的に「弱い」存在なんです。だからさっきの100%完璧な話し方って、独りよがりで一方的で、聞いてるとたぶんどこか強がりが見えてくると思います。

ロボットがシンプルなデザインなのは、どうして?

――そういえば、ここにあるロボットはみんな素朴というか、シンプルなデザインなのはどうしてなんですか?

岡田 これも先ほどの「半ば委ねてみる」とか「弱さ」という話とつながっているのですが、ロボットのデザインでも「一方的に表現しすぎない、隙を作る」ということがポイントだと思うんです。解釈の余地を与えるというか、相手にもその解釈に参加してもらうための余地を与えるというか。そうすると、表現する側とそれを解釈する側とが一緒になってオリジナルな意味を作り出せるんです。相手に半ば解釈を委ねつつ、その意味を支えてもらうという点では、どこか共通していると思います。

「muu」

――ところで、そこにあるロボットは?

岡田 muu(む~)と言います。大きな目を向けながら、子どもの声でたどたどしく話しかけてくるロボット。ちょっと言葉足らずで、こっちが助けてあげないと会話が成り立たないんですけど、高齢者の福祉施設に置いたところ、お年寄りに「貢献できた」という喜びを持ってもらえたようなんです。普段は一方的に介護される側が、む~には合いの手を入れてあげることで貢献できたという。それが自らのケアにつながるところもあるそうです。弱さの力は、そんなところでも発揮されているんですよ。

 世の中は弱い存在に対して不寛容になってきている側面があると思うんですが、弱いからこそ力になる、誰かの助けになるということもある。「弱いロボット」は僕たちにいろんなことを教えてくれます。

#2へ続く)

 

写真=佐藤亘/文藝春秋 

おかだ・みちお/豊橋技術科学大学 情報・知能工学系教授。1960年、福島県生まれ。87年、東北大学大学院工学研究科博士後期課程修了。NTT基礎研究所、国際電気通信基礎技術研究所(ATR)などを経て、現職。著書に『弱いロボット』『〈弱いロボット〉の思考』など。

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