
■連載「古風堂々」
第69回 新旧メディアに踊らされぬために
第70回 ユーモアさえあれば
第71回 追憶の紀元節
第72回 壮大ないじめ
第73回 交渉の心得
第74回 今回はこちら
スポーツが子供の頃から得意で、「運動神経の塊とは俺のこと」と自負していた。武蔵野市の少年野球大会で準優勝したチームでは投手で四番だった。少年野球チームに入った次男が四年生になったある日曜日、父兄を交えた紅白試合を開催することになった。往年の実力を発揮し、三振ばかりで不甲斐ない次男に活を入れようと参加を決めた。
物好きな女房も紅一点参加することになった。試合前に全員でキャッチボールをした。これを見ていた監督が私を七番レフトと決めた。かすかにムッとした。一死満塁で私に打順がきた。節穴監督の鼻をあかし、女房には絶えて久しい夫への尊敬を取り戻させ、息子には藤原家の正統な血筋を思い知らせるチャンスだ。私はストライクを強打した。打球は右中間を深く襲った。満塁ホームランとばかりに意気揚々と走り出した私は、一塁手前で白球を見失った。猛然と横っ走りしたセンターのグラブに入ったらしい。よく見ると何とセンターは女房だった。この時以来、我が家では、野球は私より女房が上となった。つまずきは重なる。近所で植木屋をしている私の小学校時代の同級生に出会った女房が、この試合の顛末を話し、「主人は本当に投手で四番だったんですか」と尋ねたのである。彼は「だってしょうがないよ、ガキ大将の彼が自分で決めたんだもん」と答えた。私から野球が消えた。
中学と高校ではサッカー部に入った。五十メートルを六秒五で走る駿足と巧妙華麗なドリブル、ゴールのはるか上空を襲う強烈なシュートで鳴らし、「西の釜本、東の藤原」と言えば家族の者は皆知るほどだった。大学二年の四月のことだった。すでに日本ユース代表に選ばれていた釜本邦茂選手が早大に入学した。私はライバルを偵察しようと早速、東伏見の早大グラウンドに行った。彼が練習を始めて五秒で、私とは桁違いの才能であることが分かった。ドリブルする足に、ボールが吸いついているように見えたのだ。私のサッカーはこの瞬間、東伏見の桜とともに散った。
二十代は数学で忙しくスポーツをする暇がなかったが、三十代半ばに結婚してからテニスを毎週末するようになった。高校時代、サッカー部の猛者だった私にとり、テニスは軟弱スポーツの代表だった。羽子板並みの女々しいスポーツと思っていた。高校のサッカーグラウンドのゴールポスト後方にあるテニスコートでは、品はよいがキザな男子達が優雅に白球を追っていた。太くて毛むくじゃらなサッカー部員のごつい脚に比べ、彼等の脚はなぜかスラリと長く、毛も余り生えていない、どこかイヤミのある脚だった。可愛い女子部員と談笑までしていたから到底許せなかった。それが結婚後、大学時代にテニス部の選手だった(補欠)女房に誘われ、週一でテニスをするようになった。ここでも駿足と持ち前の運動神経で瞬く間に強くなった。強打で圧倒するより、横目を使い相手のいない所にポトンと球を落とすのが得意だったから、「空巣狙いの藤原」などと言われた。
あくなき向上心の私は女房を誘いあるテニススクールに入った。クラス分けと称し全員がストローク、ボレー、スマッシュなどをさせられた。三十分ほどして結果が発表された。私は中級クラス、何を間違えたか女房は上級クラスだった。屈辱と憤怒で頭がクラッとした。そのまま帰ろうとしたが、この衝撃を女房に悟られては孫子の代まで言われ続けると我慢した。その日は投げやりな態度でプレーし、スクールは無論その日でやめた。
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