新旧メディアに踊らされぬために

第69回

藤原 正彦 作家・数学者

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 去る十一月、オーストラリア議会が画期的な法案を可決した。十五歳以下のSNS利用を禁止するという。ここでのSNSとは、X(旧ツイッター)、友達と近況を共有するためのフェイスブック、写真や動画を発信できるインスタグラムなどである。これらはスマホさえあればいつでも世界中の人々と交流でき、友達や有名人のリアルタイム情報を得られるということから世界中で人気がある。それぞれ数億から数十億の人々が使っているという。十五歳以下利用禁止の理由は、小中学生が、麻薬売買や売春に巻き込まれたり、誹謗中傷や性的画像公開などにより、自殺に追いこまれたりすることが多くなったからである。

 どのように禁止するかだが、オーストラリアでは、SNSの事業者に厳格な年齢確認を義務付け、違反した場合は五十億円以下の制裁金を科すという。五十億円もの巨額であるところに、子供達を守るため世界に先駆けて「自由を制限する」、という豪政府の不退転の決意がうかがえる。快挙である。一部の識者や国連児童基金(ユニセフ)などは、「子供の表現の自由」や「情報を得る権利」を妨げると懸念を表明し、Xを所有するイーロン・マスク氏も、この動きが広がったら商売上がったりだから批判している。豪政府は何かと自由や人権を持ち出すそんなポリコレ的批判は無視している。そこには自由の暴走に歯止めをかけるという良識が根底にある。七七%という大多数の豪国民が新法を支持している。

 オーストラリアの状況は対岸の火事ではない。日本でも十三歳以上の青少年の九〇%以上がスマホを利用し、一日に何時間もSNSなどに興じている。当然、豪州と同様の事件もしばしば発生している。SNSは子供ばかりか世界中の大人にも看過できない影響を与えている。例えば昨年七月の都知事選、九月の自民党総裁選、十一月の米大統領選や兵庫県知事選などにおいて、SNSを駆使した候補が躍進した。SNSの影響の急拡大は、情報の多元化には違いないが、出版物のような校閲がないから、デマ、誇張、間違い、思い込みなどが溢れている。ライバル候補を陥れるためにあらゆる悪質な流言蜚語を広めたりする。大多数の人々はSNSを主たる情報源とするから、それを信じ一票を投ずることになる。これでは民主主義の基本である公正な選挙が歪められ衆愚政治となり果てる。

 SNSなど新メディアばかりかテレビや新聞など旧メディアにも問題が多い。日本を誤らせてきたのはむしろこちらだ。旧メディアには、責任がはっきりしているから誤りや嘘や中傷などが少ない。ところが偏向報道が多いのだ。例えば郵政民営化をはじめとする幾多の小泉改革は、アメリカが自国の国益追求のため我が国に強要したものだったが、五大新聞やテレビはこぞってこれらを支持した。二十数年続いたデフレ不況の最大原因である緊縮財政ばかりか、子供達にとって有害無益なゆとり教育、小学校での英語必修、デジタル教育など文教政策をも支持した。今も、企業・団体献金については禁止するのが本質なのに、その議論を避け、裏金隠しや政治資金の透明化など目眩ましばかり報道している。大きな改革時には賛否が分かれてもよいのに、大所高所からの見識も示さずいっせいに支持する様は壮観である。

 原因として、記者クラブ制度の存在が大きい。政府機関、省庁、自治体、経団連などにはそれぞれ記者クラブがあり、新聞など報道機関ごとに席が割り当てられている。このクラブで最新ニュースがいち早くリークされるのだが、報道機関がその内容を批判でもしたら、記者クラブにおける自社の席がなくなったりするのだ。最新ニュースが得られなくなっては一大事だから、自然に政府などを代弁する報道しかできなくなってしまう。記者クラブ制度は自由な報道を歪めているとOECDや欧州議会などが批判するが当然である。

 旧メディアの問題は閉鎖的な記者クラブをオープンにすればほぼ解決してしまうが、SNSなど新メディアの方は問題解決が難しい。先日、夕方の中央線電車に乗っていたら、なんと私の車両にいた五十人ほどが全員、スマホを見ていた。右隣にいた四十代らしき男性のスマホを覗いたら、ゲームに没頭していた。左隣の女子高生のスマホを覗こうとしたら隠された。かつて人々は新聞、雑誌、文庫などを読んでいた。読書にはある程度の覚悟と忍耐が要求される。一方、画像が主体のスマホの方は、手持無沙汰な時などに気軽に開いてしまう。スマホを通し知識を得ていると錯覚しがちだが、そこにあるのは雑多な情報だけで、そのようなものをいくら集めても確固たる知識には組織化されず、いわんや教養が高められるわけでもない。

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source : 文藝春秋 2025年2月号

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