あの日、日本中がONE TEAMになった――。ラグビーW杯で多くの感動を与えてくれた日本代表。3大会連続の出場となった田中選手は何を思うのか。現在の心境を語ってくれた。
「諦めちゃダメ!」と言い続けた嫁
「ありがとう!」
最近、街を歩いていると見ず知らずの方から、そう声をかけられることが多くあります。2015年、前回のワールドカップで南アフリカに勝ったあとは、ファンの方々から「おめでとう」と言われることが多かった。「おめでとう」と「ありがとう」。どちらも嬉しい言葉ですが、「ありがとう」の方がより自分たちのことと重ねて見てもらえたのかなという気がします。皆さんがそれだけ感動してくれることを自分たちが成し遂げたんだ、と思うと誇らしいし、日本のラグビーがそこまで来られたことが本当に嬉しいです。
僕らは準々決勝で南アフリカに負けてしまいましたが、試合前、グラウンドで「君が代」を斉唱したとき、赤と白のジャージーで満員のスタンドから轟くような歌声が聴こえてきました。まさかラグビーであんな光景が見られるとは。泣き虫の僕はキックオフの前だというのに思わず涙がこぼれました。いま思い出すだけで、鳥肌が立ってきます。いや、本当に僕のほうこそ「ありがとう!」ですよ。
アジア初開催となったラグビーW杯2019。日本代表は、予選プールを4戦全勝で通過。史上初のベスト8進出を果たし、目標を見事に達成した。166センチ、72キロのスクラムハーフ・田中史朗選手(34)は、3大会連続のW杯出場となった。
今大会、代表の最終メンバーに選ばれるかどうかは、自分でも最後までわかりませんでした。正直、もう難しいのかなと思う時もありましたけど、「諦めちゃダメ」と言い続けてくれたのは、ウチの嫁さんです。
結婚したときから、嫁さんには「俺が死んだら、いい人見つけてな」と言っていたのですが、今回のW杯が始まる前に、改めてそう伝えました。身長2メートル、体重100キロ以上の、トラックみたいな海外の選手が、僕みたいな小っちゃいおっさんに突進して来るんですから、怖いと言えば怖いんですよ(笑)。
今大会、僕はすべての試合で後半から途中出場させてもらいました。もちろん長い時間プレーしたい気持ちはありますけど、一番大事なのはチームが勝つことです。僕は歳も重ねてきて、試合途中で走れなくなることがどうしてもある。それなら若い選手が出て勝つほうがいい。試合に負けたら、僕も悔しいけど、チームもファンの皆さんも悔しいじゃないですか。仮に僕が出場できなくても、勝てば全員が喜ぶ。それやったら絶対チームが勝つほうがいいし、そのほうが僕自身も喜べます。
正直若い頃は、何が何でも試合に出たいという思いが強かった。ですが日本代表で10年以上やってきて、試合に出てない人がチームを支えているからこそ、出る選手が頑張れるし、勝つことができるとわかってきました。前ヘッドコーチのエディー(・ジョーンズ)も、いまのジェイミー(・ジョセフ)も、同じことを言っていました。
今回も、代表メンバーに選ばれながら出場機会のなかった徳永祥尭(よしたか)や北出卓也や茂野海人たちみんなが、練習相手になったり、相手チームの分析をしてくれたおかげで、戦えたんです。彼らがいたからこそ、いまのジャパンがある。メディアに取り上げられるべきは本当は彼らです。
ワンチームの重要性
ジェイミーが掲げたチームのテーマは「ONE TEAM」。大会中、「本当のワンチームになったな」と実感したのは、予選プール2試合目のアイルランド戦でした。前半にディフェンスで身体を張ったおかげで、後半に逆転して勝つことができた。初戦のロシア戦は、みんな緊張してグダグダやったけど(笑)、あの試合で、これはいけるという実感を持つことができました。
ジェイミーHC
代表チームはこの1年間で通算8カ月も合宿をして、家族より長い時間を一緒に過ごしてきたし、ジェイミーもミーティングなどでずっと「ワンチーム」の重要性を説いてきました。選手一人ひとりも強くそう思ったことが形になり、チームが一体となったのが、あのアイルランド戦でした。あれで自信が上がり、続くサモアとスコットランドとの試合にも勝てたのだと思います。
ベスト8の南アとの試合、僕は後半32分、スコアが3-26と離されてからの出場でした。もう少し早く、3-11くらいのときに出してもらえれば何かできたとも思いますけど、仕方ありません。その前のスコットランド戦の出来があまりよくなかったですしね。ほかの3戦は、個人的にはよかったと思っています。
田中選手は、故・平尾誠二氏らを輩出した名門・伏見工業から京都産業大へ進み、2007年に三洋電機(現在はパナソニック)に入社。この年、新人賞やベスト15を受賞した。翌8年に日本代表に初選出。通算75キャップは歴代5位。13年から4シーズンは、南半球で行なわれるスーパーラグビーに参加するハイランダーズ(ニュージーランド)に所属。ヘッドコーチを務めていたのはジェイミー・ジョセフ氏で、15年の初優勝に貢献した。
本気度が違った
僕が初めて選ばれた頃、日本代表の価値はすごく低かったんです。自分のチームで「代表の試合に行ってきます」と言うと、「頑張れよ」と声をかけてはもらえるけど、うらやましがられる雰囲気は全くありませんでした。代表チームの中でも、レギュラーになりたい人は多かったけど、勝ちたいという意識はなかった。「なんでこんな感じなんやろ」とずっと不思議に感じていました。
2011年に初めて出たW杯(ニュージーランド大会)も、緊張はしましたけれども、他の海外遠征と同じ感覚でした。なので、4年連続で勝っていたトンガに負け、カナダに終盤に追いつかれて引き分け、予選プールを3敗1分けで敗退という結果に終わってしまいました。もちろん僕らも全力で戦ったは戦ったけど、他国とはどこかで「本気度」が違ったのかもしれません。本来、W杯は、観客の数も雰囲気もまるで違うものです。負ければ世界ランキングは確実に下がるし、プライドを賭けた、国同士の「戦争」みたいなもの。でも当時の日本には、W杯は別物だと教えてくれる人さえいなかったんです。
帰国後、たまたまニュースを見ていたら、「ラグビー日本代表は敗れました」とわずか7秒くらいで次のニュースに移ってしまいました。このままでは、日本のラグビーは終わってしまう――そう思いました。
めちゃくちゃキレてた
翌年、エディーがジャパンのヘッドコーチになって、いろいろな面が変わりました。たとえば遠征のホテルについて、「日本の代表なのに、安いホテルに泊まってバックパッカーみたいな遠征では、夢も何もない。ヒルトンに泊まらせろ」と交渉し、実現させました。
エディー元HC
エディーがまず選手に求めたのはマインドチェンジです。「オールブラックスが一番強い。絶対勝てへん」と誰もが諦めていたのを「僕たちでも、しんどい練習をこなせば必ず勝てる」と変えていったのです。
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source : 文藝春秋 2019年12月号