トランプ米大統領は、6月5日、減税法案をめぐって起業家イーロン・マスク氏から批判を受けていることについて「非常に失望している」と述べた。朝日新聞は、〈マスク氏はトランプ氏への個人攻撃も強めており、親密だった2人の関係は急速に決裂へと向かおうとしている〉(朝日新聞デジタル、6月6日)との見方を示した。
マルクス経済学の論理で事態を分析してみる。資本家の目的は利潤の追求だ。しかし、個別資本の利益だけを追求すると資本主義システム自体が弱体化する。そこで個別資本の利益を超えて、資本家全体の中長期的利益を代表するのが総資本だ。現代資本主義においては、国家と巨大資本が結び付く。いわゆる国家独占資本主義だ。マスク氏が総資本を代表する限り、トランプ大統領との協調体制は崩れない。しかし、今回、マスク氏はテスラという個別資本の利益を打ち出しすぎた。それがトランプ氏の国家を体現する部分と衝突したのだ。巨大資本と異なり、国家は軍隊、警察機関、徴税機構などの暴力装置を持っている。トランプ氏すなわち国家に個別資本すなわちマスク氏が本気で抵抗すれば、個別資本は負ける。本件は、マスク氏がトランプ氏に譲歩するか、2人が訣別するかで終わるというのが、マルクス経済学の国家独占資本主義論から導き出される見立てになる。
トランプ氏のマスク氏に対する基本認識は以下の記事でよくわかる。
〈トランプ氏は、マスク氏との関係は終わったと思うかと問われ、「そう思う」と回答。「私は他のことに忙しすぎる」「彼と話すつもりはない」とも述べた。さらに「彼は非常に不敬だ。大統領の職位に対する不敬な行為は許されない」などと不快感を示したという〉(朝日新聞デジタル、6月8日)
トランプ氏の自己認識
トランプ氏は、自らが選挙によって選ばれた皇帝だと考えている。王ではなく、皇帝だ。王の支配は一国にしか及ばないが、皇帝の支配は全世界に及ぶ。トランプ氏は、アメリカ合衆国の有権者により大統領に選ばれたのだが、この選びの背後には神の意思があると信じている。神の意思を体現しているトランプ皇帝に対して、〈マスク氏はX(旧ツイッター)上で「私がいなければ、トランプ氏は選挙に敗れ、民主党が下院を支配していただろう」「なんて恩知らずなのだ」などと主張〉(同上)したのであるから、単に皇帝(大統領)に対して不敬であるのみならず、神を恐れぬ罪深い発言だ。キリスト教では、罪が形を取ると悪になる。そして悪が人格化すると悪魔になる。トランプ氏にとって現在のマスク氏は悪魔なのだ。悪魔は徹底的に叩き潰すことが神に選ばれた皇帝の責務になる。
トランプ氏がこのような発想を持つに至ったのは、同氏が長老派(カルヴァン派)の環境で育ち、人は生まれる前から選ばれて救われる人と捨てられて滅びる人が決まっているという二重予定説が価値観として身体化しているからであると評者は見ている。ドイツ出身のユダヤ系社会心理学者で哲学者、エーリッヒ・フロムの『自由からの逃走』を読むと、トランプ氏の性格を深いレベルで理解できる。フロムはカルヴァンの思想をこう特徴付ける。
〈ルッターの教えの主要な点の一つは、人間の性質が邪悪であること、人間の意志や努力が無駄であることを強調したところにある。カルヴァンもまた、同じように人間の罪悪性を強調し、人間は徹底的にその自尊心を否定しなければならないこと、さらに、人間生活はひたすら神の栄光を目ざすものであって、けっして自分自身の栄光を目ざすものではないということが、かれの体系全体の中心思想であった。こうして、ルッターとカルヴァンは、近代社会で人間がとらなければならない役割への、心理的な準備をあたえたのである。すなわち、自分自身の存在が無意味であると感ずることと、自分の目的ではない目的のために、ひたすら自己の生活を従属させようと用意することである。ひとたび人間が、正義も愛ももたない神の栄光のために、ただその手段になろうという心構えを作れば、それは経済的な機械に――あるいはときには一人の「指導者」に――たいする召使いの役割を受けいれるように、十分準備することになるのである〉
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