トランプ革命とウクライナ戦争をドラッカーから考える『マネジメント【エッセンシャル版】──基本と原則』ピーター・F・ドラッカー

第142回

佐藤 優 作家・元外務省主任分析官
エンタメ ロシア 読書

 マネジメントとは、企業や役所などが効率的に管理と運営を行うための技法だ。ビジネス界に現在も強い影響力を持つピーター・F・ドラッカー氏(1909〜2005)は、マネジメントには3つの役割があると強調する。

〈(1)自らの組織に特有の使命を果たす。マネジメントは、組織に特有の使命、すなわちそれぞれの目的を果たすために存在する。/(2)仕事を通じて働く人たちを生かす。現代社会においては、組織こそ、一人ひとりの人間にとって、生計の資(かて)、社会的な地位、コミュニティとの絆を手にし、自己実現を図る手段である。当然、働く人を生かすことが重要な意味を持つ。/(3)自らが社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題について貢献する。マネジメントには、自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割がある〉

『マネジメント【エッセンシャル版】──基本と原則』ピーター・F・ドラッカー

 特に重要なのが組織が自らの使命を明確に自覚することだ。評者がかつて勤務していた外務省では組織の目的は明白だった。日本の国益を極大化することだ。当時の外務省は、国益という観点からならば、若い職員が局長や外務審議官、外務事務次官、公使、大使などと自由に議論できた。評者もモスクワの日本大使館に勤務している時は、大使や公使から、外務本省では政務担当外務審議官や欧州局長からロシア情勢の見通しや北方領土交渉に関する意見をよく求められた。今になって振り返ると評者に対する外務省幹部の対応は例外的だったのかもしれない。評者が外務省を離れてからのことであるが、当時の同僚(複数)から、「佐藤は恵まれていたよな。幹部がお前の意見を聞いて採用するから。俺たちは思っていることなんか、課長に対しても言えなかったぞ」と言われた。

 政策に関する風通しのよくない部局では、やたらと会議が多かった。ドラッカー氏はこれが悪い組織の特徴であると見る。

悪い組織の特徴

〈悪い組織の症状は他にもある。ほとんどが診断を必要としない。たとえば、大勢の人間を集める会議を頻繁に開かざるをえなくなることである。会議を通じてのみその使命を達成できる取締役会のような審議機関の場合は別として、その他の会議はすべて組織構造上の欠落を補うためのものと見てよい。理想的な組織とは、会議なしに動く組織である〉

 橋本龍太郎政権、小渕恵三政権、森喜朗政権のときに北方領土交渉が大きく動いたが、首相官邸と外務省幹部が協議して基本方針を定めた後は、外務省内での会議はほとんどやらずに首脳会談の準備を進めていった。当時評者は、外務省内に極秘裏に設置された(存在自体が秘匿されていた)「ロシア情報収集・分析チーム」のリーダーをつとめていたが、ここが外務審議官、外務事務次官、首相官邸と直結して収集してきた情報の分析と評価を行い、北方領土問題に関してロシアに受け入れ可能な閾値を精査していた。今振り返っても当時の評価は間違っていなかったと思う。

 ただし、こういう首相官邸、外務省幹部と直結するチームが出来ると、表で対ロシア交渉を担っている外務省欧州局、特にその傘下にあるロシア課との関係が複雑になる。評者は、仕事で成果が出ればいいと考えていたので、ロシア課の職員との人間関係には無頓着だった。正直に言うと、現実の交渉に影響を与えない人々は視界に入らなかったのだ。今考えると、このような評者の対応が、「ロシア情報収集・分析チーム」のメンバーとロシア課員との間で人間的軋轢を生んだのだ。第三者的に言うと、外務省の「ロシア・スクール」(ロシア語を研修し、対ロシア外交に従事する外交官の語学閥)はドラッカー氏が言う悪い組織になっていた。

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source : 文藝春秋 2025年7月号

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