「習近平失脚」デマはなぜ流れたか

第3回

マット・ポッティンジャー 元米大統領副補佐官・ガルノーグローバル共同創業者CEO
ニュース 政治 中国

 現在、日米のメディア、さらには海外の中国人反体制派の間で、「習近平国家主席が深刻な政治的危機に直面しているのではないか」との噂が飛び交っています。その内容は「共産党内で習近平の権力が低下している」といった憶測から「自由主義的な勢力によるクーデターが近い」とする大胆な見立てまで様々です。『ニューヨーク・ポスト』紙は、「前例のない事態が進行しており、習近平の政権崩壊が迫っている可能性がある」と報じました。

 北京の密室政治を読み解くには相応の推察力と謙虚さが求められます。私とガルノーグローバルの同僚は、こうした報道や噂、入手可能な証拠、更には中国現代史における過去のクーデター未遂事件を丹念に検証しました。検証の結果は、習近平は権力を失いつつあるどころか、むしろ長期支配に向けて体制をさらに強化している、というものです。

ポッティンジャー氏 ©文藝春秋

 習近平に関する噂を検証する前に、まずは彼の下での中国のレーニン主義的な一党制政治体制の本質について、改めて理解しておくことが有益かもしれません。

「お前が死ねば俺が生きる」

 中国の政治体制は、ソ連型レーニン主義に基づく一党独裁であり、最高指導者に絶対的な権力を集中させています。競争は熾烈で、頂点を目指す党幹部は常に粛清のリスクと隣り合わせで、真の「最高指導者」の地位を得るまで闘争は続きます。

 習近平は江沢民や胡錦濤といった直近の前任者を遥かに上回る徹底した権力の掌握を実現してきました。

習近平国家主席 ©中国通信/時事通信フォト

 習近平にとって権力は「すべてか無か」の二者択一です。習氏は「党中央の核心」としての地位を確立するために、政治局(ポリトブロ)メンバーや高級将校を含む幹部たちを次々と粛清してきました。そうした過程を象徴する言葉が「你死我活(お前が死ねば俺が生きる)」です。これは、彼の支持者たちが粛清の動きを予測する際に使っていた表現です。

 習近平は、13年もの歳月をかけて無数の官僚を粛清・解任・投獄し、体制全体に自らの忠臣を配置することで、自らが「独裁の道具」と呼ぶ組織――すなわち党、軍、国内の治安機構、生産手段、そして国家――を完全に掌握してきました。習の下で処分された官僚は600万人を超え、160人以上の高官が自殺したと報じられています。ある集計によれば、現在の中央委員会の正式メンバー205人のうち、習氏が3期目の総書記に就任した2022年10月以降、19人が何らかの処分を受けています。かつて体制に影響力を持ち得た長老や同世代の人物――胡錦濤や李克強など――は、すでに政治的に無力化されるか、他界しています。

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source : 文藝春秋 2025年9月号

genre : ニュース 政治 中国