いま知っておくべき論点を、専門家がコンパクトに解説する「文藝春秋オピニオン 2026年の論点100」。この人気ムックの記事を「文藝春秋PLUS」でも紹介します。
2025年は日本映画にとって大きな転換の年だった、と語られることになるのかもしれない。そう思わされるのは、世界的な大ヒットが報じられるアニメ映画『劇場版「鬼滅の刃」無限城編第一章』だけではなく、実写邦画にも大きな地殻変動が起きているからだ。李相日監督、吉沢亮主演の『国宝』の興行収入はこれを書いている時点で150億を突破、歴代2位まで来ている。約3時間という長い上映時間、ファミリー映画でもアクション大作でもない重厚な内容……と、過去のヒット作と『国宝』の比較点は数多くあるが、大きなポイントはこれが「テレビ局製作の映画ではない」という点である。『南極物語』から『踊る大捜査線』に至るまで、邦画大作が100億を超えるには、地上波テレビ局による圧倒的な自社媒体での宣伝が不可欠、というこれまでの常識を『国宝』は覆したからだ。

じつは『国宝』は初期から大ヒットだったわけではない。公開規模は中規模、公開初週週末のランキングは3位、興行収入は3億4600万円、翌月公開の『鬼滅の刃』新作が劇場を占領してしまう以上、東宝の市川南専務が朝日の記事で語るとおり「30億超えも見通せなかった」、というスタートである。「封切り前からテレビで莫大な宣伝費を投入して全国の劇場を占領、ロケットスタートを切る」という過去の100億規模ヒット作とまったく違い、作品を観た観客の口コミが観客を呼び、大記録を作った稀有なケースだ。
『国宝』をヒットに導いた「感想文化」
ネットにおける映画の感想は、従来からある映画ブログなどの文章形式のレビューに加え、YouTubeやTikTokなどの動画サイトでの「声による語り」も加わって、大きな文化的ネットワーク、いわば「感想の共同体」を形成している。テレビ局の強烈な後押しなく「まあまあヒット」から始まった『国宝』が、未曽有のモンスターヒットに成長し続けているのは、作品の質の高さはもちろん、「他人の感想を読んだ観客が観にいってまた感想を書く」という感想文化が、この映画を押し上げ続けたことも原動力のひとつだ。テレビによる「上からの宣伝」が生命線を握っていた映画興行が、ネットの感想という「下からの拡散」によって塗り替えられた歴史的な作品として、『国宝』は記憶されるのかもしれない。
筆者もSNS出身の映画ライターなのだが、「下からの拡散」が民主的でいいことばかりなのかというと、残念ながらそうでもないのが、正直なところである。「SNS映画語り」には、再生数目当てに新作映画をこき下ろすような粗雑な感想がおもしろがられ拡散してしまうことも多々あり、誰かのこき下ろし感想がバズると見るや、我も我もと便乗してこき下ろし始める。結果、映画の実際の出来とまったく違う、ネガティブキャンペーンが起きてしまうこともしばしばだ。
たとえば、6月のフランス・アヌシー国際アニメーション映画祭で準グランプリにあたる審査員賞を受賞した『ChaO』は、映像も演出も独創的な日本アニメ映画の傑作にもかかわらず、人気原作もないオリジナル作品でキャラクターも日本アニメの「かわいい」顔ではないためか、興行成績は振るわなかった。そうなるとネットには、『ChaO』を「爆死」「不人気の原因はこれ」とこき下ろす、正当な評価とは思えない感想動画があふれてしまう。他人の感想に迎合した結果、過剰な「酷評スパイラル」が起きることは珍しくなく、『国宝』のように幸福な関係がいつも成立するわけではない。
ネット文化はまた、新しい観客層を劇場に呼んでもいる。2024年公開のウェブメディア原作ホラー『変な家』は、映画好きから酷評されながら若い世代の観客を呼び、和製ホラーの歴代新記録50億という成績を残した。これ以降、和製ホラーに若い観客は増えており、今年も矢口史靖監督の『ドールハウス』が18億を超えるヒットとなった。原作のないオリジナル脚本ホラーが18億というのは過去にも珍しい。
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