ミシェル・ウエルベック著、 関口涼子訳「セロトニン」

文春BOOK倶楽部

佐久間 文子 文芸ジャーナリスト
エンタメ 読書

耐えられるレベルに保たれた絶望

 出る前からベストセラーとなることが約束されているが、衝撃的な内容で毎度毎度、物議を醸し、フランスのみならず世界中の読者を困惑させる作家、ミシェル・ウエルベックの、2019年初めに出た最新作の邦訳が早くも刊行された。

 前作『服従』は、2022年のフランスで、極右政党を選挙で破ってイスラーム政権が誕生するという、現実のその先を描く予言的な内容だった。『服従』は、シャルリー・エブド襲撃事件と同じ日に出版され、自身がイスラームを揶揄する発言をしていたこともあって、ウエルベックは事件後しばらく警察の保護下に置かれ、身を隠していたそうだ。

 期待にたがわず、本作もまた、「これはいったい…?」と思わせる内容である。西欧中心の近代文明の終焉を描くようでもあり、「愛こそがすべて」と言わんばかりの失恋小説、人間の幸福についての小説として読むこともできる。主人公が無計画に移動を続ける混沌としたロードノベルは強い刺激を与え、性的な内容の多くはほとんどの読者を不快にさせるものでもあるが、にもかかわらず、その先を知りたいという気持ちが抑えられなくなる。

 タイトルのセロトニンは、精神を安定させる働きがあるとされる脳内の神経伝達物質の1つ。農業食糧省で契約調査員として高給を取る46歳の主人公フロラン=クロードが処方されるのが、セロトニンの分泌を増やす新世代の抗鬱剤であり、服用は性的な不能をもたらすとされる。

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source : 文藝春秋 2019年12月号

genre : エンタメ 読書