1年余り前、関西のスーパーで支払いの列にいると、レジで働く若い白人女性に目が留まった。日本語が上手いから日本に長くいる留学生だろう。美形だ。色は白いが黒髪で欧米人とはどこか違う、中央アジア系のロシア人かも、などと思っていると私の順番がきた。レジを打ち始めた彼女に当然ながら話しかけた。「留学生ですか」「そうです」「どちらの国から」「どの国と思いますか」「ロシア辺りかな」。と、彼女は急に顔を上げ私を正視し「中国です」と鋭い声で言った。予想外の答えに口をあんぐり開けていると、「中国人に見えますか」と畳みかけてきた。「全然」「ウイグル人です」。彼女は再びレジを打ち始めた。まさに「楼蘭の美女」だ。鼻の下をのばしていた私はすぐに我に返った。ウイグルは1949年に中国軍に占領され、1955年に新疆ウイグル自治区として中国に組み入れられたが、以降も中国の圧制に対する暴動やテロが相次ぎ、その度に中国の苛烈な弾圧が行われてきた。ウイグルの現状を訴えに来日したウイグル女性と面会した故中川昭一議員から、「独立運動をさせないため、ウイグル女性を集団で中国各地に強制移住させ漢人と結婚させるという民族浄化が始まっている」とも聞いていた。世界はそんな状況に長く沈黙を保っていたが、昨年の初め頃から英米の新聞が騒ぎ始めた。「ウイグル自治区にいる1,000万のウイグル人のうち、100万から200万が強制収容所に入れられている」「1,000以上もある収容所に知識人など反体制派を片端から入れ、拷問などを用いた洗脳により中国共産党への忠誠をもつように改造している」「子供達を親から引き離し寄宿校に入れ、イスラム教やウイグル語から隔離している」。これに対し中国側は、「強制収容所ではなく再教育施設である。過激な宗教に染まった人々を正しい中国人の道に戻すよう教育している。内政干渉はやめろ」と言う。
このような収容所は2016年から急増した。ウイグルには石油や天然ガスが豊富なうえ、一帯一路の起点として最重要地となったからだ。今では単なるテロ防止を越え究極的なテロ防止、ウイグルの文学、伝統、歴史、習俗の根絶を目標にしているようだ。大量の書物が焼かれ、学者、作家、詩人、編集者、評論家、書店主など出版関係者が国家分裂主義者として次々に収容所に送られ、死刑や行方不明となっているという。
知識人など反体制派や書物を抹殺するというのは、独裁者にとって最も手っ取り早い権力掌握術だから、古今東西絶え間なく繰り返されてきた。秦の始皇帝による焚書坑儒の如き大愚行は、20世紀になっても相次いでいる。知識層を政権から追放したヒトラーは1933年、「非ドイツ的」ということで、ユダヤ人による著作やマルクス主義関連書などを全国で大々的に燃やした。スターリンも毛沢東も同様のことを実行した。言論の自由のチャンピオンであるアメリカでさえ、戦後日本で新聞雑誌放送を検閲し、占領政策に不都合な人々を公職から追放し、書物7,000余冊を没収焼却した。1970年代のカンボジアでは、ポルポト独裁政権が国内の大半の本を焼き捨て、知識層、後には本や新聞を読む者全て、ついにはメガネをかけている者までを片端から捕まえて殺した。
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source : 文藝春秋 2019年12月号