定年退職した後、あるいはキャリアの半ばで、まったく異なる世界に身を投じ、第二の人生を歩む人々がいる。「一身二生」とは、彼らのように「一つの身体で、二つの人生を生きる」ことを意味している。今回の特集では、これを体現している人々の生き方に迫っていく。
まずは「一身二生」の意義や秘訣はどこにあるのか、かつて朝日新聞社で警視庁キャップや「ニュースステーション」のコメンテーター、論説委員を務めた清水建宇さんと、スポーツジャーナリストの生島淳さんの対談を通して紐解いていきたい。
清水さんは定年退職した後、2010年から2021年までスペイン・バルセロナに渡り豆腐屋を営んだ。生島さんも1999年、32歳の時に、広告代理店から文筆業に転じたキャリアを持つ。それぞれ別の世界に身を投じた2人に、「一身二生」の実体験を存分に語り合ってもらった。
生島 僕はいま58歳で、ちょうど同世代が、定年退職後の「第二の人生」について考え始めています。ただ、「バルセロナに住んで、豆腐屋をやる」というような仰天の発想を持っている人には会ったことがありません。
清水 いえいえ、根が面白がりの性格なだけです。記者根性と言いましょうか、昔とった杵柄で、何事も好奇心が勝ってしまう。
生島 「一身二生」という言葉は、福沢諭吉が『文明論之概略』で書いた「一身にして二生を経る」が源流だそうですね。江戸時代と明治時代で、学問や価値観が様変わりして、まるで二つの人生を生きているようだ、と。
清水 諭吉は、やや否定的なニュアンスで使っていますが、井上ひさしさんが、伊能忠敬を書いた『四千万歩の男』で、この言葉を非常に前向きに捉え直しています。
忠敬は日本全国の測量で有名ですが、これは49歳で隠居した後の功績です。それまでは、醸造や薪問屋などの家業に邁進して財を成した事業家でした。つまり彼は、あくまで自分の意志で、第一の人生を終えて、まったく異なる第二の人生を始めたわけです。

生島 ということは、清水さんは、伊能忠敬的な「一身二生」を体現していますよね。
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