「古い脳」VS.「新しい脳」
鬼才が縦横無尽に筆をふるった、大胆で豪快な本。英語の原著は2021年の出版で、2022年に日本語版が刊行され、今年文庫となって登場した。

第一部は、人間の脳が外界をどのように認識し、環境の変化に対応しているかについての著者の研究グループによる仮説の解説である。
人の脳の新皮質には、コラムと呼ばれる神経細胞が束になった微小構造がある。直径1ミリメートルぐらい。著者は、それぞれのコラムが外界からの入力情報を座標系にしたがって処理し、そのコラムたちの「多数決」によって、たとえば「今私が触っているのはコーヒーカップだ」というような外界のモデルを作っている、という仮説を提出する。これが原題でもある「1000の脳」モデルだ。人の脳は単体なのではなく、何千何万というコラムのひとつひとつが情報処理を行なっている、いわば、「脳」というわけだ。
第二部は、この1000の脳モデルにもとづいて、人工知能(AI)と人間の関係の今後について考察する。ホーキンスの主張の第一は、今のAIは人の知能の代わりにはならない、なぜならば、外界との頻繁な相互作用がないからだ、というもの。これはそのとおりだと思う。
次に彼は、今の人類が直面している環境問題や民族紛争などを解決するためには、人間の知能をさらにパワーアップさせた真のAIの開発が不可欠であると主張する。人の脳は生物進化の産物だから、爬虫類などの「古い脳」に新しい皮質が追加される形でできている。情動や権力欲、不安などはこれら「古い脳」の活動であり、私たちの危機は人間が「古い脳」の判断を捨て切れていないからだ、というのがホーキンスの立場である。
合理的知識を担う「新しい脳」だけを増強したAIは、「古い脳」の機能をもたないので、自らの存在が抹消されること(=死)についての恐怖をもちえない、という指摘にはなるほどと思わされる。しかし、「新しい脳」の部分だけを増強してAIを作ったとして、そんなにうまく機能するのだろうか。人間には、情動にもとづく社会的生活も不可欠だと思う。

ホーキンスは、みずからの研究成果を含む科学的な知見を踏まえ、そこにプラス、想像力を駆使して人類の未来を論じる。賛同できない部分もあるが、まずは議論をすることが必要なのはそのとおりだろう。今、人類社会が未曽有の岐路に立っていることはまちがいないのだから。
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