堕胎した女の地獄

第161回

中野 京子 作家・ドイツ文学者

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エンタメ アート

一枚の名画をのぞき込んでみると……

 

✓見えてきたのは「可愛くない乳児」

人は泣き叫びながら生まれてくるが、それはこの世がどんなにひどいものであるか、そして人生最後は絶望して死ぬことまで予感しているからだ、というような名言(?)を読んだことがある。それが正しいかどうかはわからないけれど、乳児にしてみれば子宮でぬくぬくしていたのに、いきなり自力で栄養をとらねばならなくなるのだから、死にもの狂いだろう。母の乳房にむしゃぶりつくのは無理もない。あまり可愛くないこの乳児しかり。

 


 

堕胎した女の地獄

『悪しき母たち』

1894年、油彩、120×225cm、オーストリア・ギャラリー / 写真提供 alamy/amanaimages

 果てしなく広がる凍土に、ひねこびた裸形の木。胸をはだけた女性が、まるで囚われの身のごとく枝と一体化している。彼女の長い赤毛(悪女の髪の色)は、有刺鉄線のような細い小枝にからまれ、痛々しい。

 枝からは乳児の顔が生え、彼女の乳房にむしゃぶりつく。すると彼女は、苦痛と歓喜がないまぜになった表情を浮かべるが、それはなぜだろう?

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source : 文藝春秋 2026年1月号

genre : エンタメ アート