武見太郎(たけみたろう)(1904―1983)は京都生まれ。慶応大学医学部を卒業するが、教授と衝突して医局を飛び出し、理化学研究所に入る。原子物理学の医学への応用研究、心電図の開発に従事する一方、銀座で開業し、「現役の大将、大臣と老人、急患優先」の方針を掲げる。昭和32(1957)年、日本医師会会長となり、25年間にわたってその座にすわり続ける。熱心な日蓮宗信者でもあった。
敬三(けいぞう)氏は次男。東海大学政経学部助教授(当時)。 ※文藝春秋1989年9月号掲載
外では“喧嘩太郎”“医師会のドン”などと呼ばれていた親父も、家では意外と優しかったですね。夜な夜な台所で夜食を食べている親父に、子供4人がめいめい取りとめもない質問をしても、実に嬉しそうに答えてくれました。

そんな台所での世間話のひとつですが、戦後、新憲法が制定されたとき、吉田茂首相は天皇陛下から「民主新体制のなかでの天皇の在り方」を御下問され、うまくお答えできなかったそうです。
そこで相談を受けた親父が、「そういうことなら、福沢諭吉の『帝室論』『尊皇論』に書かれています」と助言すると、吉田首相は親父からその本を借りて一晩で読み上げたといいます。
吉田首相は親父にとって義理の伯父に当たります。吉田夫人は、外相、宮内大臣、内大臣を歴任した牧野伸顕の長女で、母はその妹の娘です。
第一次吉田内閣は昭和21年5月に成立しましたが、その組閣工作で“吉田は学者を追いかけた”といわれました。吉田首相は農林大臣に東畑精一東大教授を登用したかったようです。その意向を受けて、親父は東畑教授の説得に奔走しましたが、東畑農相誕生には至りませんでした。
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source : 文藝春秋 1989年9月号

