マラソン開催地に関するIOCの決定はあまりに突然だった。ホストシティとして積み重ねてきたものを急に変えられるのだから「はい、分かりました」と頷くわけにはいかなかった。こちらからお願いしたわけではないので、札幌のコース設備のために都が追加負担する必要はない。私は都民の利益を第1に考える。
都民の利益を第1に
2020年東京五輪に、札幌で行われるマラソン、競歩の成功は欠かせません。11月11日の全国知事会でも、北海道知事の鈴木直道さんと一緒になったので、私から「頑張ってね」と声をかけました。本格的な雪の季節を迎え、距離の計測などの苦労もあるでしょうが、札幌でもマラソンの大会は何度も開かれており、基本的なノウハウはお持ちだと聞いています。東京としても、大会成功への協力は惜しみません。
しかしながら、IOCの決定はあまりに突然でした。ホストシティとしてこれまで積み重ねてきたものを、急に変えられてしまうのですから、簡単に「はい、分かりました」と頷くわけにはいかなかった。ですから、私は「合意なき決定」と申し上げてきました。
今回の決定で最も驚かれたのは、アスリートの皆さんです。暑い東京を想定して、長い間準備をされてきた。だからこそ東京で走りたいという声も頂いていました。実際、9月にMGCが大会とほぼ同じコースで開かれ、代表選手が決まったばかりです。酷暑で棄権が相次いだドーハ世界陸上で、50キロ競歩の金メダルを獲ったのは日本人でした。暑さは日本人にとって、ホームアドバンテージになっていたはずです。一方で、新たな会場の決定までにさらに時間がかかっては、アスリートの皆さんの負担が一層重くなる。それは望むところではありませんでした。
もちろん、一丸となって準備に力を注いでこられたコース沿道の商店街や町会の方々や、選手の雄姿を目の当たりにするのを期待した多くの住民の皆さんからも「本当に残念」との声が上がりました。
しかし、あくまで最終権限があるのはIOCです。その決定を妨げることは契約上も不可能でした。それでも、私は都民の皆さんの失望を直接IOCに伝えてきました。バッハ会長も対応策はないかと考えてくれたのでしょう。10月31日の深夜には、東京のコースを活用し、大会後にオリンピックセレブレーションマラソンを開催したい、というメールを頂きました。この提案の内容は今、事務方が詰めているところです。
ホストシティである東京都の代表として、IOCにも組織委員会にも言うべきことは言う。どんなことでも都民の利益を第1に考える。16年8月に知事になって以来、私はその姿勢を貫いてきたつもりです。
“兵どもが夢の跡”にしない
小池都知事
就任してまず取り組んだことは、都が新たに建設する競技会場の見直しでした。招致の時は「コンパクト五輪」を掲げていたのに、いつの間にか、会場は郊外のあちこちにも広がり、また、それぞれが大変壮大なスケールになっていた。専門家の方々等から五輪に関する本や参考資料を送って頂きました。「オリンピック経済幻想論」という本には、会場が五輪後に荒廃して、いわば“兵どもが夢の跡”になったケースなどがまとめられており、大変参考になりました。東京をそんなふうにしてはいけない。そんな思いで、見直しに踏み切りました。
典型的な例は、海の森水上競技場です。ボートやカヌーの会場で、整備費が一時、1000億円にも膨らんでいました。せっかく東京で五輪をやるのだから、この機会に良い施設を確保しておきたいといった各種団体からの要望を積み重ねた結果でした。
ところが、12年のロンドン大会ではイートン校のボートレース場に、5億円の放送機材用のレールをつけるだけで大会は成功していました。1000億円と5億円ではえらい違いです。そこで新たに作るのではなく、宮城県の長沼ボート場の活用を考えました。20年大会は復興五輪でもあり、国際大会の開催も可能な、とても良いボート場です。しかし、その時は「そんな遠くには持っていけない」とIOCや組織委員会に反対されました。今回マラソン会場はさらに遠くに行きましたが。
海の森の整備費はコストの見直しを進めた結果、最終的に約308億円にまで縮減することができました。また、建設して終わりではなく、その後のランニングコストも計算に入れねばなりません。50年、60年先に建て直したり大幅な改修が必要になる時のことも含めたトータルコストを踏まえる必要があります。私は常に、大会が終わった後のことを考えてきたつもりです。
それでも、海の森をはじめ、新たに作る施設の多くはまだ赤字の見通しです。ただ一方であくまでパブリックな施設として、利益優先主義に走ることはできません。やはり都民の皆さんには、使いやすい料金で楽しんで頂くということがベースです。今後はネーミングライツ(命名権)の売却などで収支の改善を図りたいと考えています。
見直しの過程では、もちろん色々な意見もありました。組織委員会とも、大会の成功に向けて様々な議論を積み重ねてきましたが、共通の目標、つまり東京大会を成功させようという点では違いはありません。
私は都民の代表として言うべきことは言わせて頂いてきましたし、都民の利益は何としてでも確保しようと思いました。すでに決まっていたことの中でも、より都民の利益が確保できるような要請はそのまま進めました。その結果、開催経費の縮減や、より都民が使いやすい施設作りを実現できたと思っています。
おかしな取り決めが文書に
中にはどうしようもないこともありました。神奈川や埼玉、千葉など他の自治体での既存施設を活用したほうが、東京で作るより、費用がかからないケースがあります。それを都のほうからお願いした場合、通常無償提供している行政サービス以外は都と組織委員会で対応するという文書が、前の時代に発出されていました。まずは招致を成功させたいという思いであったとしても、おかしな取り決めですが、文書がある以上、受け入れざるを得ませんでした。
しかし、今回の札幌は違います。東京からお願いしたのではないわけで、都が札幌のコース整備のためなどに追加の費用を負担する必要はありません。このことを明確に文書で確認したところです。
東京のコースは暑過ぎるという理由で、札幌に会場が変更されましたが、そもそもコースを決めたのは東京都ではありません。よく誤解されますので、詳しく説明しておきます。
基本的に競技会場は、NF(国内競技連盟)が「こうしたい」と申し出て、IF(国際連盟)が決め、最終的にIOCが承認する流れになります。私は知事に就任する直前まで日本ウエイトリフティング協会の会長を務めていたため、その流れをよく理解していました。競技会場は東京国際フォーラムですが、これも日本の協会が提案し、国際ウエイトリフティング連盟が決め、IOCが承認するという順番でした。
もう1つ大きな影響力を有しているのが、OBS(オリンピック放送機構)です。テレビ中継の時、見た感じが美しいか、その街を象徴している場所か、今風に言えば、インスタ映えするかどうか、が大事になってきます。IOCの主な収入源はテレビの放映権料です。競技の開始時間もそうですが、米国のテレビ局の意向を重視せざるを得ないことも承知しています。
フォトジェニックという点で鮮明に覚えているのが、ロンドン大会のビーチバレーです。バッキンガム宮殿前の広場に仮設のコートを作っての大会は、本当に素敵でした。私も一時期、皇居の二重橋前、ご即位を祝う国民祭典が行われた場所でビーチバレーができないか、とずいぶん研究したものですが、規定の1万2000席を用意するには、皇居前の松の木を沢山切らなくては無理だと分かり、断念。私は結構真剣に考えていたのですが。
バッハ会長のお墨付き
バッハIOC会長
浅草などを通る予定だったマラソンのコースもNFがイニシアティブを取り、その上でIFに話が行き、OBSがフォトジェニックかどうかを判断し、IOCが最後に承認したと記憶しています。
競歩はと言えば、警察から交通規制の問題も指摘されるなど、様々な要因があって、皇居外苑の内堀通りになりました。しかし、内堀通りには日差しを遮るものがありません。1本、銀座側にコースを移すだけでビル影ができますが、テレビ放送の観点からは、皇居が遠くなり、美しさも半減します。また、大会運営をサポートする人達の居場所もなくなるなどの課題もあります。
何よりも、暑さ対策は最大の課題でした。スタート時間を朝5時半や6時に前倒しして、暑くなる前に競技を終わらせることになりました。森喜朗会長もずいぶん前からサマータイムの導入を主張しておられましたが、オールジャパンでサマータイムを実施するのはいかがなものかと、実現には至りませんでした。コースの一部を、地面の表面温度が上がりにくい遮熱性舗装に変える作業も進めました。他にも、散水車を朝の3時頃から往来させる、農業用ホースで水を流し続ける、果ては影を作るために大きな日よけを吊り下げるなど、本当にありとあらゆることを考えていたのです。
そうした取り組みについては、バッハ会長も、ドーハ世界陸上の女子マラソンから1週間後の10月3日の会見で「東京の暑さ対策に自信を深めた」と述べられていました。その言葉は私達にとっても、励みになりました。ところが僅か8日後の10月11日、IOCは、NF、IFの順で会場を決めるという流れに逆行して、一方的に組織委員会に札幌への変更を伝えてきたのです。おまけに、私達がその決定を伝えられたのは10月15日、バッハ会長が札幌開催を公表する前日のことでした。IOCとしては早めに伝えたつもりなのかもしれませんが、ホストシティである東京と最重要なはずの日本陸連に会場の変更という重大な情報伝達が後回しとなったのは残念です。まさに「合意なき決定」でした。
リオでハリー英王子が
一方、パラリンピックは時期が少しずれるということもあり、予定通り東京のコースを走ります。朝早いスタートや遮熱性舗装など、私達が取り組んできた暑さ対策はそこで生かされます。これまで共生社会の実現に向け、パラリンピックに命を懸けて様々な準備に取り組んでまいりましたが、改めてパラリンピックへの想いを一層強くしたところです。
リオでの五輪旗引き継ぎ式
前回のリオデジャネイロ大会では、ブラジルのリオまで3週間で2往復しましたが、オリンピックとパラリンピックの旗を引き継ぎ、「次は東京だ」とアピールできたと同時に、責任の重さを痛感しました。
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source : 文藝春秋 2020年1月号