世間からズレたまま生きていく方法

『ババヤガの夜』が英ダガー賞翻訳部門受賞

王谷 晶 作家
エンタメ 読書

いま知っておくべき論点を、専門家がコンパクトに解説する「文藝春秋オピニオン 2026年の論点100」。この人気ムックの記事を「文藝春秋PLUS」でも紹介します。

 私の父は酒も飲まず煙草もやらず賭け事もせず、およそこの世の悪徳とされているものには近寄りもしない人物なのだが、何の因果か娘の私は酒呑みの煙草呑みに育ってしまい、ギャンブルにこそ手を出していないが、作家というほぼ博打打ちみたいな仕事にも就いてしまった。で、正月などに帰省して台所の換気扇の下で煙草を吸いながら焼酎のお湯割りなんかを呷っていると、父はそんな不肖の娘を見て心底不思議そうに首を傾げ、「なんでそんなものが必要なの?」と訊いてくるのだ。なんででしょうね……としか答えられない。

 酒も煙草も、そしてフィクションも、無くても別に死にはしない、人体の生存には直接は必要ないものだ。しかしこの「無くても死なん」を追い求めることこそが、人間の人間たる所以なのでは、と思っている。

王谷晶氏 ©文藝春秋

 フィクションを摂取し、フィクションを作ることで生かされてきた感覚がある。何かと現実逃避ばかりしていて、世の中と自分のズレを空想とフィクションで穴埋めしてきた。子ども時代には普通に児童文学をよく読んでいたが、セルフビルドで家を建て自然派の暮らしをしている両親の元に生まれた、というちょっと変わった生育環境だったため、現代日本を舞台にした「ふつう」の家庭の子どもが主人公の話を読むと疎外感をおぼえた。

 なので、海外の児童文学をより好んだ。アストリッド・リンドグレーンの『長くつ下のピッピ』やローラ・インガルス・ワイルダーの『大草原の小さな家』のほうが、ドラえもんやサザエさんよりずっと現実の自分の境遇に近かったのだ。

 生まれは東京だが、学齢期は北関東の田舎で育った。小さな町で、よそから移り住んできた我が家は周囲の人々からずーっと「変な家族」という目で見られてきた。幼い私はけなげにも周囲の環境に適応し「ふつう」の子どもになろうと努力したが、かっとんだ両親と海外文学によって培われた情操と常識は、どこまでいっても異物にしかなれなかった。そういうのもあって、小学校は半分くらいしか行っていない。

 登校拒否をしている間は、ひたすら読書をしていた。家に大量にある両親の本は読み放題だったので、年よりもませた読書をしていたと思う。仙台に住んでいた母方の祖父もミステリマニアの大層な読書家で、蔵書をたくさん譲ってくれた。貧乏暮らしながら、本にだけは事欠くことはなかった。

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source : ノンフィクション出版 2026年の論点

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