なんとスパイスの多彩な役者か。
ジェームズ・メイソンの出ている映画を見はじめたとき、私はとまどいに近い驚きを覚えた。塩、胡椒、大蒜(にんにく)はもとより、それ以外にも生姜や辛子や紫蘇の味が漂ってくる。煙草やチョコレートの香りも、ほのかに。
明暗や善悪が入り混じっているだけではない。その体内で小さな善と小さな悪がしのぎを削る一方、大きな明るさと大きな暗さが覇を競っている。つまり明暗や善悪の内側にも、それぞれ色調の段差が存在する。この人は、腑分けされるのをよほど拒んでいるな、と私は感じた。
メイソンがハリウッドの大作で注目を集めたのは、1950年代から60年代にかけてのことだ。『スタア誕生』(1954)、『北北西に進路を取れ』(1959)、『ロリータ』(1962)。どれも、映画史に刻まれた忘れがたい指標だ。

ご存じのとおり、『スタア誕生』のメイソンは、自滅の坂を転げ落ちるハリウッド・スターのノーマン・メインに扮している。ノーマンは、若い無名の歌手エスター(ジュディ・ガーランド)と遭遇する。エスターの才能に惚れ込んだ彼は、全力でその背中を押しはじめる。ふたりは結婚するが、エスターがスターへの階段を駆けのぼるのと逆に、ノーマンの人生は落魄の一途をたどる。きわめて原型的で神話的な展開だ。
その物語を、ふたりがカラフルに見せる。ガーランドの歌唱力が圧倒的なのはもちろんだが、見終えて舌に残るのは、彼女を立てたメイソンの技だ。
1909年、イングランド北部のハダーズフィールドに生まれたメイソンは、受けの芝居が絶妙にうまい。野球でいうと、リードの巧みな捕手だ。配球の組み立てにすぐれ、投手を気分よく投げさせる。無駄に球数を費やさず、急場では大胆な勝負も厭わない。凡庸な捕手ならきわどい変化球を要求する場面で、真ん中高目にずばりと直球を投げ込ませる。
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