「女形の至宝」と言われ、人間国宝に認定された歌舞伎俳優、六代目中村歌右衛門(なかむらうたえもん)(1917―2001)。同じく人間国宝の四代目中村雀右衛門(なかむらじゃくえもん)さん(1920―2012)が“お兄さん”について語る。
歌右衛門のお兄さんが亡くなられて、5年近くになります。3つ下の私は今、お兄さんの年齢をひとつ越してしまい、あ、怖い、寂しいな、と思います。日本俳優協会の会長とか、遅ればせながらも文化勲章をいただき、立場はどうやら似てきましたが、まだまだお兄さんに及ぶものではございません。

おつきあいは子どもの時分からで、子どもの3つ違いは大きいですから、私のことを「あの子、あの子」とずっとおっしゃってました。お兄さんは私どもよりずっといいおうちのお子さんなのに、子どもはそんなことわかりませんから、楽屋風呂でお湯ひっかけてふざけたりして、「いやな子だよ」なんて、ね(笑)。
私は兵隊に19歳から6年間も行って、1946(昭和21)年に帰ってきて女形に転向しましたが、お兄さんは最初から女形。日常の物言いも物腰も優しくて、ああいうみるからに女形さんらしい女形さん、……良き昭和の御代(みよ)の最後のお方ではなかったでしょうか。
私は戦後、岳父の七代目幸四郎(編集部註・二代目松本白鸚と二代目中村吉右衛門の祖父)に、「女形になれ」と言われて、旅(巡業)でいきなり時姫(『鎌倉三代記』)という大役をふられました。
これを手取り足取りして教えてくださったのは歌右衛門お兄さんです。まず役の性根から入るんですが、時姫なら恋人の三浦之助のことをいつも頭に置いて動かなくちゃいけないよ、とかね。それから何回もやらされて、できないと、「だめなの。あなた、それじゃだめっ」って、怖かったです。
とにかく、お兄さんのことをひと言で申せば、心の至る方、行き届く方。こちらがああとか、こうとか、申さないでも総てお見通しで、いいようにはからってくださる。それも静かにです。
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source : 文藝春秋 2006年2月号

