ママのお仕事

巻頭随筆

飯田 佳奈子 テレビプロデューサー
ニュース 社会

 2019年12月16日朝7時35分、民放初の赤ちゃん向け番組「シナぷしゅ」は産声をあげた。

 一昨年第1子を出産し育児をする中で、自分が自然とテレビをつけなくなっていることに気が付いた。「テレビは赤ちゃんの発達によくない」。誰から言われたわけでもないが、ぼんやりそう思っていた。一方で、私の勤め先はテレビ局。「ママのお仕事はテレビのお仕事なんだよ」と、息子に胸を張って言えないのか。そして、そもそも育児においてテレビは本当に悪なのか。悩みながらも、慣れない育児と毎日の家事に忙殺され、いつしか「家事の間だけここにいてね」と、なし崩し的にEテレの幼児向け番組などを見せるようになっていた。

 息子がよちよち歩き出したころ、職場復帰した。配属されたのは、新規ビジネス企画を積極的に提案する新設部署。育休明け、時短で片手間に仕事をしていると思われたくなくて、すぐに企画書を書いた。それが、「シナぷしゅ」の企画書だ。こだわったのは2点。まず、「東京大学赤ちゃんラボ監修」ということ。子供にテレビを見せるときに、保育者がなぜか抱いてしまう罪悪感をぬぐいたかった。もう1点は、インターネット上に配信をすること。ネット上にある幼児向けコンテンツは玉石混交、とても見せづらいと感じていたからだ。良質で安心なコンテンツをネット上に展開することで、保育者が「見せたいときに」「見せたい見せ方で」見せられるようにと考えた。

 企画に賛同してくれた先輩方とプロジェクトを立ち上げたが、制作は決して一筋縄にはいかなかった。そもそも赤ちゃんが何を考えているのか、何をどう見て、どう感じるのかが分からない。また、コンテンツ自体は赤ちゃんに向けてつくるが、その背後にはリモコンを操作する大人がいる。「赤ちゃんの興味をひく」かつ「親が子供に見せたいと思う」という2つの目線を意識しなければならない。さらに、Eテレと同じことをしても意味がない。というか、乳幼児向け番組の絶対王者と同じ道を目指せば、劣化版しかつくれないだろう。あれやこれやと考えすぎて収拾がつかなくなっていたとき、尊敬する先輩の言葉で吹っ切れた。

「赤ちゃんって言葉で一括りにするけど、めちゃくちゃ個性あるよ。まずは自分の子供が目をキラキラさせて喜ぶだろうなってことを考えたら?」

 赤ちゃん向けに正解はない。テレビ東京には乳幼児向け番組制作のノウハウもない。我々にあるのは「熱意」のみ。自分が自分の子供に見せたいと思えるものを熱意をもって作れば、もしかしたらたくさんの赤ちゃんにその熱意がスッと伝わるかもしれない。まっすぐ届けよう。そう思った。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

genre : ニュース 社会