涙の向こうの五輪

巻頭随筆

エンタメ スポーツ

 いよいよ、東京オリンピック・イヤーです。

 僕にとってこの2020東京大会は、選手としてではなく、日本フェンシング協会の会長として迎えるはじめてのオリンピックとなります。

 7年前、開催地を決めるIOC総会で当時のジャック・ロゲ会長が「TOKYO!」とコールした瞬間、招致アンバサダーの1人だった僕が会場で涙を流していたのをテレビでご覧になった方も多いと思います。僕はどうやら泣き虫のようです。何か達成感を得たとき、そして、一緒に戦ってきた仲間の嬉しそうな顔が見えた時、自然とそうなってしまいます。

 去年の11月にも、思いがけなくも号泣してしまう出来事がありました。

 31歳で協会の会長となってから3度目となる全日本フェンシング選手権。その決勝を終えた夜、打ち上げの席でスピーチをしていたら、涙が止まらなくなったのです。

 7年前に開催された全日本選手権決勝。東京・代々木第一体育館で試合を観戦したお客さまの数は150人ほどで観客席に人影はありませんでした。前年のロンドン五輪で僕は仲間と共に、男子フルーレ団体で銀メダルを獲得しています。北京大会は個人のメダルでしたが、団体メダルの味は格別でした。「皆でメダルを獲った。いよいよフェンシングもメジャーになるし、人生も変わる!」――しかし、そのとき抱いた希望は閑散とした会場の光景と共に消えてしまいました。

 協会の会長に就任した時、僕はこの“無観客試合”の光景を頭に思い浮かべました。そして、アスリートファースト(選手第一主義)の精神はそのままに、オーディエンスファーストの精神も大切にしよう、そして満員のお客様の前でプレーする機会を選手たちに作ってあげたい、と考えました。

 フェンシングは中世の騎士道にルーツを持つ歴史も由緒もあるスポーツですが、「ルールが難しい。剣先が速すぎて見にくい」といった声が常にあがります。その課題にどう応えていくかを必死で考え、形にしていこう。

 会場でのFMラジオ解説の導入、世界で活躍するプロのダンサーやDJによる会場演出、剣先や選手の動きをモーションキャプチャーなどの最先端技術で可視化する「フェンシング・ビジュアライズド」、インターネットTVによる生中継――関係者はもちろん、これまでフェンシングと接点がなかった方々に協力していただき、このスポーツをより楽しんで頂くためのアップデートを続けていきました。また、こういった派手な「空中戦」的施策だけでなく、副業兼業で外部に人材を求めたり組織を再編したり、といった地味な「地上戦」にも力を入れていきました。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

genre : エンタメ スポーツ