老境にありて

巻頭随筆

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 昨年春、私の役者人生は68年目を迎えました。役者としての晩年を意識しながら主人公を演じた作品が、藤沢周平さんの時代小説が原作の『帰郷』です。

 私が演じる博奕(ばくち)打ちの宇之吉は老境を迎え、死の足音を聞き自分の人生への未練に気付き、生まれ故郷の木曾福島宿に向かいます。

「帰郷」①©「帰郷」時代劇パートナーズ ※要クレジット
©「帰郷」時代劇パートナーズ 

 自分の87年間の人生と重なったからでしょうか、どこの場面で、というわけではないのですが試写を見て思わず涙がこぼれました。若い頃は完成した作品を見ると、「どうしてもっとうまくできなかったんだろう」という悔いが沸き上がったものでした。自分の作品を自然体で目にできるようになったのは、ここ2、3年のことですね。

「帰郷」②©「帰郷」時代劇パートナーズ (1)
©「帰郷」時代劇パートナーズ

 加えて、この作品の監督が、信頼できる杉田成道さんだったこともあります。本番で杉田監督は、「はい、OK」と言った後に、「それでは、もう少し違う形で」とニコニコしながらおっしゃるんです。私も明確な答えが出ないままに「はい」なんて答えてしまって(笑)。でも、最近の映画は、撮影期間が短いでしょう。私が小林正樹監督や黒澤明監督の下で撮影をしていたときは、リハーサルだけで20日間かけることも珍しくなかった。それだけ粘る杉田監督の撮影方法は性に合っていましたし、昔を思い出しました。

「帰郷」③©「帰郷」時代劇パートナーズ (1)
 ©「帰郷」時代劇パートナーズ

 以前、勝新太郎さんから「監督の言う、『はい、OK』ってどういう意味だと思う?」と聞かれたことがあります。僕が「演技が良いってことなんじゃないの」と答えると「時間もないし、もういいや、ってことだよ」なんて言っていました。満足のいく演技は、遠いところにあるんです。

 私、役者は嫌いなんです。映画は好きでしたが、自分自身は照れ屋だし、人前になるべく出たくない隠遁的な性格でした。それでも役者になったんですから、昔の芸能界は、今の若い人が思う、きらびやかな世界ではなかったのでしょうね。その中でも、とりわけ地味な俳優座に入り、木下惠介監督に「本当の主役ができるようになるのは50万人に1人」と言われ、ようやく闘争心が湧いたくらいです。

 その後、映画やテレビのオファーをいただくようになっても、1年の半分は必ず舞台に立つと決めていました。なぜなら、映画は監督のものですが、舞台は俳優が考える部分が大きいから。俳優を続けるには、絶対に舞台に出続けることが必要だと思いました。

 以前、黒澤明監督が「俺も舞台やってみようかな」とおっしゃったことがありました。でもすぐに、「あっ、舞台は始まったらカットかけられないな。やっぱり辞めよう」って。本番が始まったら止めることのできない舞台で、俳優は鍛えられるのです。

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source : 文藝春秋 2020年2月号

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