出口に向かおう、しなやかに
小説の中心にいるのは、有夢(ゆむ)と瑤子(ようこ)という2人の中学生だ。建売住宅の隣同士に住み、同じ私立の女子校に通い、2人ともリンド・リンディというラテン系アメリカ人のミュージシャンのファンである。どうやらもともとは2人ではなく、3人の仲良しグループだったらしい。不在のひとりに関することがきっかけで、有夢と瑤子は、クラスに君臨するボスとそのグループにいやがらせを受けている。いやがらせは次第にエスカレートし、陰湿ないじめとなる。
有夢と瑤子、それから教師、親、クラスのボス……と章ごとに語り手が違い、それぞれの語り手が属するどの世界も交わらない。大人たちは大人たちの世界で暮らし、同級生もみな異なる世界で生きている。有夢と瑤子だけが、同じ世界で同じものを見ている。彼らの生きる世界はそんなふうに違うのに、ひどく似通っている。大人も子どもも、どの世界であっても、その世界でもっとも強い(と思える)何かに従うことが強要されている。もっとも強い者は巧妙に、他者を不当に傷つけ続ける。そうして当然であり、そうされて当然だという暗黙のルールがどの世界にもある。
だから、ある世界でもっとも強いはずのだれかは、べつの世界でもっと強い者に不当に傷つけられていることもあり得る。いや、不当に傷つけられ続けてきたから、他者を見下し憎むというコミュニケーションしか知らないのかもしれない。その暗黙のルールは暗黙であるがゆえに正体がわからず、不気味なほど強固だ。
そのルールに則って有夢と瑤子はいじめられるわけだが、それがあまりにも息苦しいので、早く大人になって、と読者の私は思う。学校を出て広い世界にいけば、そんな馬鹿げたことで悩まされなくなるから。そう言いたくなる。けれど学校を出れば本当にこの種のことはなくなるのかと、残酷にも小説は問いを突きつける。交わらないどの世界にいっても、そのルールだけは共通しているのだ。学校を出ても就職をしても結婚をしても自立しても、大人になっても老人になっても、不当さはついてまわる。今、自分自身が暮らすこの現実を、社会を、なんだか息苦しくて窮屈だと感じている読み手ならきっと気づく。この小説の舞台は、私たちのこの現実そのものだ、と。
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source : 文藝春秋 2020年2月号