2人の決意と死が届けた新事実
超弩級の歴史的証言が、80年の歳月を超えて、やっと深海から浮上した。
敗色濃い昭和20年(1945)4月、瀬戸内海の「戦艦大和」艦上。伊藤整一第二艦隊司令長官は、連合艦隊参謀長の草鹿龍之介の「一億総特攻の魁(さきがけ)となって頂きたい」との言葉にやっと納得し、「水上特攻部隊」を率いて沖縄に向かった。公式の『戦史叢書』にも書かれ、映画にもなって、昭和史の名場面として記憶されるこの会談は、事実とは違っていた。
証言者は連合艦隊作戦参謀の職にあった三上作夫海軍中佐。伊藤、草鹿の両海軍中将の「会談」に、草鹿の部下として同席した。三上は戦後、海上自衛隊に入り、海将となり、引退していた。「あなたには……やっぱりお伝えしておきます」と苦しそうに語り始め、取材の録音テープは切られる――。当事者本人が「歴史の真実」を歪めて伝え続けることが出来なくなった瞬間である。
取材者の原勝洋は、当時まだ20代の会社員だったが、戦艦大和をライフワークにしていた。この4年後には、吉田満との共著『日米全調査戦艦大和』を出す。原は、三上の「墓まで持っていってください」との約束を忠実に守る。
原は昨年82歳で亡くなるが、最晩年に門外不出の録音テープと取材ノート類を、本書の著者・池田遼太に譲った。池田もまだ20代の若者だが(おそらく軍事おたく)、その熱心さに原は池田を「弟子」と認め、後事を託す。三上との約束通り、自分も墓場まで持っていく。「だから……、君が書いてくれ」「『大和』がなぜ沈まなければならなかったのか、本当の理由を」

歴史の証言者が全員亡くなった後に、2人の死者の強い思いから後世に贈られた本書は稀有な貴重本である。若い池田遼太の問い「三上さんは嘘をついた?」に、原は「嘘、というよりは『化粧』だね」と答え、「あの人なりの『配慮』だったんだよ」とも答える。「化粧」と「配慮」を拭い去るのに80年が必要であり、三上と原の決意と決断と死が必須だった。
本書は最重要証言の部分は慎重に書かれ、テープの再現をきちんと行なっている。ただ残念なのは、それ以外の部分や人物の描写では、読みやすさを優先させてか、心理描写など踏み込んで書き過ぎている。もっと筆は抑制されるべきではないか。それが三上と原の遺志に応えることにもなるのではないか。若く前途ある著者にあえて苦言を呈しておく。
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