戦後思想を動かした男

巻頭随筆

岸 俊光 全国紙記者
ニュース 社会 政治

 内閣(情報)調査室が世間の注目を集めている。任務は収集・分析したインテリジェンスを首相に報告することとされるが、具体的な活動は謎に包まれたままだ。松本清張が半世紀以上前に小説の形を借りて、日本を「親米反共」国家にするための謀略機関として内調を描いた頃と、状況はほとんど変わっていない。

『内閣調査室秘録』(文春新書)はそこに風穴を開ける重要な一歩になったのではないか。内調の創設メンバーが明かした知識人対策は、戦後思想史に新たな頁を加えるものだ。加えて、現代政治への警鐘を汲み取ることもできると思う。公文書が作られなくても記録を残す人はいるし、隠された事実もいつかは露見することを示したからだ。

 元内調主幹(国内、国際等各部門の長)の志垣民郎氏から編者の私が手書きの原稿を預かり、出版にこぎ着けるまでに3年余を要した。知られざる活動を理解するのはとても一筋縄ではいかなかった。

 手元に志垣氏が長年書いてきた日記がある。この日記の重要性に気づいたのは、内調の核政策研究について氏に聞き取りを始めて数カ月が経った頃だった。内調は1964年10月に中国が初の核実験に成功した直後から、核政策の委託研究を本格化した。最初の報告書を書いたのは、国際政治学者の若泉敬である。

 約2時間のインタビューごとに私は10項目ほどの質問を用意した。都内の閑静な住宅街にある自宅に30回以上は通っただろうか。志垣氏はそのつど大事に保管する報告書や日記を調べ、時おり笑みを浮かべながら大きな声で答えてくれた。日記の借用を願い出ると、その旨を簡単にメモするだけで応じてくれた。

 首相に届けられた核政策の報告書をなぜ内調が手がけたのか。そもそも内調の任務とは何か。内調の組織に私の関心が広がると、借用する日記は1950年代まで遡った。『秘録』の基になった志垣氏の原稿「内閣調査室と学者先生」の編集に本腰を入れてからは、26年の内調生活を綴った日記を全て借りた。

『秘録』の「委託研究を担った人々」の項には、内調とつきあいがあった127人の学者・文化人が登場する。志垣氏が日記から名寄せしてまとめたものだ。私は大学別の登場人物を五十音順に並び替え、日記を見て誤記や漏れがないかを確認した。6種類ほどの人名辞典や新聞各紙のデータベースで人物の特定に努め、1人ずつ代表的な肩書きを付けていった。役人を割り出す際は、内調の職員勤務記録や官報が役に立った。

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source : 文藝春秋 2019年10月号

genre : ニュース 社会 政治