『女の一生』の上演は昭和20(1945)年から平成2(1990)年まで947回に及んだ。主役はすべて杉村春子(すぎむらはるこ)(1906―1997)。16歳から60代までの布引けい役を演じた。音楽の代用教員時代に、築地小劇場の芝居を観て女優になろうと決心、出奔。昭和12年、文学座創設のメンバーに。2度の結婚がある。公演中のため、2度とも夫の死に目には会えなかった。91歳ですい臓がんのため亡くなったが、枕元には上演の迫った『柘榴のある家』の台本が置かれていた。俳優の北村和夫(きたむらかずお)氏は『女の一生』で700回近く相手役を務めた。※文藝春秋1998年12月号掲載
学生の頃、日本橋の三越劇場へ『女の一生』を観に行ったことがあります。小学校以来の悪友、今村昌平と仲間の大西信行と一緒でしたが、僕らは貧乏学生、食堂で一杯のソーダ水を3人で分けて飲んだ覚えがあります。
そもそも僕が文学座に入ったのは、このとき観た杉村さんの何とも言えない色気に参ってしまったから。そして「あの役いいなあ」と思ったのが栄二役でした。まさか2年後、文学座の研究生だった僕が大抜擢されて栄二役をやるとは思ってもみないことでした。

初めて相手役をやらせていただいたとき、僕は24歳、杉村さんは40代でした。そりゃぁ、凄かった! 飛ぶ鳥を落とす勢い、存在感がありました。と同時に怖かった。遠く客席から観るのと、近くで指導を受けるのとではまるで違います。なんでこんなにも怖い人が舞台ではあんなに優しくなったり、かわいらしくなったりするのだろう、と思いました。

初めて栄二役をやったときのことです。布引けい役の杉村さんとのラブシーンがあるのですが、杉村さんの襷をちょっと引っ張ったら切れちゃったんです。後で「ちょっと、あなた、お芝居ってあんなに力入れてやるもんじゃないわよ」と怒られたのが最初です。それから45年間、私が69歳までずっと怒られっぱなしでした。
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source : 文藝春秋 1998年12月号

