アンナ・カリーナ(写真・ROGER_VIOLLET)
ダークヘア、ややぱらついた前髪、濃いアイライン、ニーソックス、格子柄のベレー。そして、牝鹿のような眼。
アンナ・カリーナの顔や姿は、すぐに浮かび上がる。記憶を遡るまでもない。
1960年代、カリーナの名を聞くだけで浮き足立ったガキは、私も含めてそこらじゅうに転がっていた。ゴダールとカリーナ。そう、ジャン=リュック・ゴダールとアンナ・カリーナは、当時最強で、最もクールなカップルだった。
ふたりの名を見つけると、友人たちはそろって映画館に駆けつけ、雨のなかでも列を作って開場を待った。大げさに聞こえるだろうが、ほぼ事実だ。
『気狂いピエロ』(1965)が日本で公開されてブームを巻き起こしたのは67年の夏だが、私が最初にどきりとしたのは、『女と男のいる舗道』(1962)を神戸の名画座で見たときだった。
高校生だったので、よくわからない細部もあった。ただ、カリーナの演じるナナという女が、下り坂をずるずると降りて娼婦になってしまう気だるさはよくわかった。煙草を吸っていた男とキスをしたナナが、自分の口から煙を吐き出すシーンも、当時は話題になった。たわいない場面だが、あっと思った。
いま見直しても、この映画の引力は強い。ナナは歩く。ナナは煙草を吸う。ナナは身体を売る。ナナは客とのキスを拒む。感情は表に出さない。艶のある髪と陶器のような肌が眼に残る。気がつくと、観客はナナの姿を探し求めている。画面のどこかに、彼女がいるはずだ。
この映画が公開されたころ、カリーナとゴダールはすでに結婚していた。ふたりが出会ったとき、ゴダールは〈カイエ・デュ・シネマ〉の批評家で、カリーナは駆け出しのモデルだった。
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source : 文藝春秋 2020年3月号