エディ・マーフィ
見終わった直後は、「エディ・マーフィが、久しぶりに鉱脈を見つけたな」という程度の印象だった。
ところが、妙に舌に残る。面白さがじっくりと煮込まれていて、後味がよい。舞台になった1970年代のロサンジェルスを、私自身が思い出したためだろうか。あの時代特有の「楽しい猥雑さ」や「笑えるはしたなさ」がそっくり再現されていたのは望外の収穫だった。いまの私は、『ルディ・レイ・ムーア』(2019)に奇妙な愛着さえ覚えている。
ムーアは実在の人物である。レコード屋の店員と小さなライヴハウスのMCを掛け持ちしながら、自身もコメディアンとしてのブレイクを狙っていた。だが、ことは簡単には運ばない。下ネタのトークで勝負するだけでは、「ご近所スター」の域を破るのはむずかしいのだ。彼は、そこを突破しようと大博奕を打つ。
そのうらぶれ方や図太さが、エディ・マーフィにぴったりだった。思えばこの人も、映画界にデビューして40年を迎えようとしている。『48時間』(1982)に出たときが21歳だったから、そろそろ還暦も近い。
マーフィは当たり外れの大きなコメディアンだ。観客が笑い転げるときと白けまくるときとが隣り合っている。21世紀に入ってからは、『ドリームガールズ』(2006)などの数少ない例外を除いて、後者のケースが多かった。技はあり、頭も切れるのに、勇み足や空まわりがしばしば見受けられる。ライヴ感で勝負するコメディアンの場合、こういうずれは致命傷になる。時代と波長が合わなくなった、と決めつけられることさえある。
エディ・マーフィは、1961年にブルックリンで生まれた。彼が8歳のころ、別居中の父は、痴情のもつれで殺害されている。ついで母も重病を患ったため、マーフィはある時期、養護施設に預けられていた。「人を笑わせる必要に迫られた」のはそのときらしい。
先にも触れたが、彼の映画デビューは『48時間』だ。共演は、白人の刑事に扮したニック・ノルティ。世にバディ・ムービーは数多いが、白人と黒人がコンビを組んで凶悪犯を追うという設定は、これが初めてだった。
当初、ノルティの相手役に予定されていたのは、シルヴェスター・スタローンやバート・レイノルズといった白人の大物スターだった。そのあとは、グレゴリー・ハインズやリチャード・プライアーといった当時人気の黒人コメディアンが候補にのぼる。だがだれひとり都合がつかないため、急遽、大抜擢されたのが、テレビ番組〈サタデーナイト・ライヴ〉で売り出し中のマーフィだった。
21歳のマーフィは、ここで弾けた。身軽で、生意気で、強心臓で、口八丁手八丁の見本だ。服役中の泥棒が48時間だけ仮出所を許され、殺人鬼の検挙にひと役買うという設定に新味はないが、人種問題のきわどい側面と彼の挑発性が絡むと、画面の温度が急に上がる。サンフランシスコの街を走りまわるマーフィの姿は、まるで逸り立つ猟犬だった。
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source : 文藝春秋 2020年6月号